喜びは、西洋かぶれで

 私が英語を引き受けている保育園で、数年間アルバイトしていた保育
士の女性が辞めた。
 園長が「四月からも働いてくれますよねえ」と言い出した場に偶然私
も居合わせ、ほかの先生はしっかり頷くのに、彼女だけ頷き方が屈託し
て見え、「今、ハイッて言ったら、ここにいるみんなが証人よォ〜」と
無邪気に言うと、「実は・・・」三月で辞めさせてほしいと彼女が言い
出して、アワワッ。
 交通機関だと不便で自動車通勤しているが、行きも帰りも渋滞に巻き
込まれるし、旦那が自動車通勤にいい顔をしない。
 しかし、それは今に始まったことではないから、不況の煽りで旦那の
仕事が減り、今年のお正月は、どんだけ家にいるの、というぐらい休み
があったし、残業がほとんどなくなって収入が激減した、と語ったとこ
ろに最大の理由が読み取れるだろう。
 資格を活かして、市の求人に応募することにしたらしい。
 もっとも、辞めると宣言した時はまだ試験前で、辞めたはいいけど、
試験にも受からず・・・となる可能性はあった。
 が、彼女は、臨時職員どころか、非常勤職員として採用された。
 どれほど今の職場が居心地よくても、経済的な理由が先立つのであれ
ば、「給料がびっくりするほどいいの」という結果になったのは、最高
の幸せ。
「よかったねえ」。
 私は彼女の細いからだに抱きついた。いや、ハグと言うのであったか。
 そして彼女と顔を合わせる最後の日。私は、ハンカチをプレゼントさ
れた。
 プレゼントは見送る側がするもの。これでは、私の立場がない。
「今度会った時に倍返しするからね」。
 園長に目撃証人になってもらって、固く指切り。それから、またぎゅ
っと彼女を抱き締めた。
 プレゼントに添えられた手紙には「次の就職先が決まった時、〃本当
に良かったね〜〃と言ってハグしてくれた時、本当に嬉しかったです」
とあった。今の職場を去る寂しさを感じていたところだったが、私の言
葉に背中を押されて、頑張る気持ちになった、と。
 手紙を読んだ時点で、私は彼女に二度もハグしていたことになるが、
言葉だけでは物足りず、西洋かぶれしたみたいに強引にハグする私は変
かなあ、と不安だった。
 ハグを仕掛ける時、これから何をされるの私、と一瞬身を引く構えに
なる彼女を無理矢理抱き締めた感じになっていたからだ。
 心のままにハグして、よかったのね。
 だけど。だったら、これからは、ひまわりみたいな笑顔を返してほし
いなあ。