身軽に生きよう

 顔馴染みのブティックを覗いたら、「ちょうど、お電話差し上げよう
かと思っていたところなんです!」と言われた。店に一本だけ入荷し、
バーゲンでも買い手が付かないジーパンを着られるのは私しかない、と
閃いたそうなのだ。
 裾に刺繍が入っているため、裾を切れない。だが、私でも、ハイヒー
ルを履かないと、裾が二センチほどだぶつく。計ってもらったら、股下
八十二センチ。「じゃあ、これからはハイヒールを履きましょう」と宣
言してあげたくなるが、その場限りの決意はいけない。
 まあ、ミセス対象の店なのに、こんな風に基本テイストから大きく逸
脱(いつだつ)して、買う人はいないだろう、と思うような商品も出し
てくるメーカーの真意が疑われるのだが、絶対に売れ残り、安く買える
恩恵を受けている身に、文句はない。
 いろいろ試して、コットンスカートを選んだ。
 初め、パンツを勧められたが、私は「女らしくしたい」と言ったのだ。
言ってから、そうだ、私は女らしさに飢えているのだ、と自覚した。
 機能性や活動的といった言葉と対極のロマンティックが恋しい。周り
を見回してもカジュアルばかりだから、一層思いは加速する。
 で、思わず、どこかの夜会にでも着ていくのでなければ出番がないよ
うな黒のロングスカートに執着して、いきなりタンスの肥やしに直行か、
となりかけた。
 タンスの肥やしは、肥やしどころか場所塞ぎなだけだし、何より運気
を滞らせる最大の要因になるのだとか。
 そうかもしれない、と感じて、大量処分に着手した。衣服はリサイク
ルしてもらえるとは言え、全然くたびれていないから、手放すのに幾ば
くかの葛藤はある。でも、着ているうちにくたびれるような品質は嫌。
 となると、そこをポイントにせず、本当によく着倒した、と思えるぐ
らい着まくって、二シーズンぐらいで心おきなく手放せるようになるこ
とだろうか。
 困るのは、資料や本の類いだ。読んだしりから忘れていくような頭な
ので、いつか役に立つ日を思って、処分の手が鈍る。
 これについては、諦めることだ、と私は悟った。
 記憶から消え去るとしたら、その程度の頭なのだと思って諦める。
 表層の意識からは消え去っても、もしかしたら心の糧になっているか
もしれないと、その立証できぬ不確かさに希望を見出す。
 そう思っても実行に移せないまま今日まで来たが、ついに決意は固ま
った。
 その手始めが収納用ラックの購入でいいのかは疑問の残るところなの
だが。