医者の待ち時間

 この秋はやりのロング・カーディガン。私は身長があるので、待ちに
待った流行だ。ところが、外の洋式トイレに座ったら、後ろで軽く結ん
で垂らしたベルトがトイレの水に浸かった。すぐに石鹸をつけて洗った
けど、ああ・・・。心を映してフェードアウトする声。
 そこは、いろいろな開業医が各階に集まった医療ビル。私は、歯の定
期検診に行ったのだった。
 マウスピースは見事なまでの摩滅ぶり。それはいいのだが、医者が
「ちょっと、ここ、詰めておきましょか」と言った。下の左奥から四番
目の歯は、磨き方がきつすぎたのか、根っこが少し見えている。でも、
ここに通い出す前からそうだったし、私が違和感を訴えたわけでもない
のに、一体なぜに今日。疑い深い私は、患者が少なくて暇だからじゃな
いの、と思ってしまった。
 だって、この医者、前の時に「もしかしたら虫歯かも知れないから、
一枚、レントゲン写真撮っていいですか」と聞いてから、実はその一ヶ
月前に、一年以上撮ってないから撮らしてくれと言い、撮ってあったこ
とに気がついて、「あ、大丈夫ですね」と意味不明の言葉で取り繕わざ
るを得ない事態に自分自身を追い込んでいたのだ。記憶違いは仕方ない
として、誰も駄目なんて言わないんだから、妙な理屈をこじつけずに言
えばいいのにね。まあ、敢えて二回続けて撮ろうとしなかったところに、
医者としての良心は感じられたのだが。
 歯医者の斜め向かいは耳鼻科。耳鼻科はどこも子供が多くて、何時間
も待たされる。はずが、なぜか今日はがら空き。私は、ふらふらと中に
入った。
 中学の時、学校の検診で耳垢が詰まっていると診断され、耳鼻科に行
ったら、液を入れて一晩ふやかさなくてはならないほど、中で固まって
いた。
 なんとなく変な感じがするのは、再び、そういう状況になっているの
かも、と思いつつ、長時間待ってまで診てもらうほどではない。
 ところが、今や耳鼻科も予約制の時代らしく、でも、初診の人用の枠
はあり、今なら待ち時間十分ほどと言うので、私は待った。
「綺麗なもんですよ」
 じゃあ、それでも、右耳の奥にぐじゅぐじゅ音が聞こえるのは、大学
時代に鼓膜が破れた後遺症なのね。風邪で鼓膜の内と外の気圧差が広が
りすぎ、ついに耐えきれずに鼓膜が破れたのだ。
 診察が終わって出ると、次の時間帯の患者で溢れんばかりの待合い室。
 わずかの隙を縫って目的達成できた自分自身を大いに褒めた。
 でも、無人の待合室を見て、そんなにも評判が悪いのか、と一瞬回れ
右しかけたことを私は忘れていない。