もし、派遣社員でなかったら

 日曜日の秋葉原・無差別殺傷事件は、ああ、やっぱり、そうなんだ、
という感慨を私にもたらした。
 今後も増え続ける無年金者の救済を説いた新聞記事に、そうしないと
こうなりかねない、とひと言書かれていた未来に相通じる現象が起きた
ように思えたのだ。
 年金保険料を払わないなら、将来、年金がもらえなくても自業自得。
どうして、そういう人を私達の税金で救済しなくちゃいけないの。
 だが、増えすぎた無年金者は社会に弊害をもたらすという考え方を知
ると、自己責任は正論でも、人は、食べるのにも困るほど追い詰められ
たら牙を剥くと想像できるし、その牙が一般の人に向かうことにも思い
至る。
 そんなことをしでかす人間に堕ちぬよう、自分は勉強もしたし努力も
したと胸を張っても、「自分さえよければいい」発想では、自分の身も
守れないことが起こり得てしまうわけだ。
 秋葉原事件の加藤智大容疑者に、私はまさしく「窮鼠猫を噛む」自暴
自棄の心理を見た。
 派遣社員で、今の会社が今月末で百五十人の馘を切ると予告していた
中に彼の名前はなかったが、職場から自分のツナギがなくなっていると
早合点した途端、会社はそういう嫌がらせで自分を辞めさせようとして
いると受け止め、会社を飛び出し、殺人者になった。
 愚かな早とちりが原因だとしたら笑い話にもならないが、今回は馘を
切られなくても、次は切られるかもしれないと予感しながら働く働き方
が彼を追い詰めたことはなかったか。
 派遣社員にとって、会社が疑似家族になる温かさはないだろう。しか
も、私生活でも家族や友達に恵まれていないとしたら、それでも、いじ
けず、世を拗ねずに生きられる人間はどれだけいるだろう。
 また、変な趣味や癖、歪んだ考え方は誰でも大なり小なり持ち合わせ
ているものだが、社会に危害をもたらすほどに肥大しないのは、三年後、
五年後の明るい将来設計を描ける仕事に就けているからではないか。
 きのう、橋下知事に向かって「橋下さんを人として尊敬できない」と
発言した大阪府の職員は、知事の仕事を批判するのに「尊敬」という人
間性を評価する言葉を持ち出して、完璧にしくじったが、給料が大幅カ
ットされそうな状況では、そんなことすら冷静に判断できなかったのか
も。
 彼よりもっと将来に不安を抱えた、妥協的・非正社員に溢れた現代。
 歩行者天国の当面中止も、銃刀法の規制強化も悪くないけど、対処療
法に思えるのは、私だけか。