好みのタイプ

 雨や曇のぐずつく天気が二日間ほど続いたあと、今日は朝から澄んだ
青空。
 気分がいいなあ。
 朝刊を取りにマンション一階の集合ポストに行くと、さらに気分が良
くなった。
 小学生の女の子に追いつかれたのだ。
 一緒のタイミングでここに来る時だけ、顔を合わせる。
 面長の顔立ちに、仔鹿のような黒目がちの瞳。
 大きくなったら、おとなっぽい美人になるんだろうな。
 そんな未来が読み取れる容貌に、初めて出会った瞬間、私は、思わず、
源氏物語』の光源氏の気持ちになった。
 この子が大きくなるまで見届けたいなあ。
 彼女に強く惹かれたのだ。
 相手はこんな小さい子。
 しかも女同士。
 うーむ。それでも、こういう感情はあり得るんだ。
 自分でも、ちょっと不思議。
 いや、心の動きとしては、異性に対する〃一目惚れ〃と同質で、好み
のタイプを、自分自身の心の動きによって教えられ、びっくりした、と
いうに過ぎないのではないか。
 さて、彼女とは頻繁に出くわしていたのが、やがて互いの時間帯が変
わったのか、ふっつり会わなくなっていたので、今朝は本当に久しぶり。
 と、体操服を着た彼女が、新聞を取り出しつつ私の方を見て、
「今日は運動会なんです」
 と話しかけてきた。
「おはよう」の挨拶以上となる初めての会話。しかも、彼女から仕掛け
てきた。
 彼女も、私のことを秘かに好ましい目で見てくれていたのかな。だっ
たら、嬉しいんだけど。
「運動会なので、朝早くから起きて、大変なんです」
「半袖は、ちょっと寒いです」
 彼女が話す言葉は、私の期待どおり、少しおませさんなものだから、
私は、相手を子供扱いするのではなく、対当の精神状態を心がけて、
「おかあさんも、お弁当を作るのに、朝、早く起きてくれたんでしょう」
 などと言う。
 組み体操で上に乗る役で、学校ではその練習ばっかりしていたと彼女
が話すと、私は、何年生なのか訊ねたくなった。
 が、やめた。
 聞けば、聞いた情報が頭に蓄積される。
 そんな大袈裟なことではないかもしれないけれど、その人自身にまつ
わる情報は、よっぽど必要でないと、聞かない方が心の平穏を保てる気
がするのだ。芋づる式に根掘り葉掘り聞きたくなる好奇心を警戒するせ
いかもしれない。
 エレベーターを先に降りる私が、
「じゃあね」
 と言ったら、彼女は、大人びて、
「失礼します」
 今度は、いつ会えるだろう。
 私は、彼女の名を知らない。