タカシ君、ごめん

 梅雨のあいだは、雨のせいで蒸し蒸し。
 梅雨が明けると、快晴だけど蒸し蒸し。
 それが日本女性のうるおい肌の秘密、とわかっていても、気が滅入っ
てくる。
 しかし、そんな気分に支配されていたのでは、受動的敗者になる。
 私は、笑う気はないのに、つい笑わされてしまう高度な笑いを渇望し
た。
 まず閃いたのは、綾小路きみまろ
 彼のステージの録画をYouTubeで探すも、著作権は、ただで楽しもう
とする不埒な了見を黙って見過ごすことはないようで、撃沈。
 やっぱり、一番手堅くて安心なのは本かしら。
 図書館のホームページで、まだ読んでいない浅田次郎の著書を探した。
『終わらざる夏』を読んでいる最中だったので、この人は、文章で人を
号泣させるのと同じぐらい、大笑いさせるのも上手な作家だと思い出し
たのだ。
 私の求める“読み心地”を叶えてくれそうだと題名から推察して、
『アイム・ファイン』
 を借りる。
 エッセイだったが、最終章までに堪えきれずにプッと吹き出すこと、
二回。
 大成功である。
 ただ、別にイライラさせられることはあった。
 誰かが、その本に鉛筆で薄く書き込みをしていたのだ。
 たとえば、「車中」という漢字の「車」の横には右上から左下に向か
って三ミリほどの線が一本、「中」の横には左上から右下方向に一ミリ
ほどのテンテンが三つ。
 「見かけ倒し」「ギャラ」「按配」「アトラクション」「電車」「地
下鉄」・・・。
 これらの単語にも、方向がてんでばらばらの傍点が打たれている。
 一貫性のない傍点しか打てない精神構造とはいかなるものか。
 と言うより、傍点を打つほどの単語かね。
 犯行の理由が不可解なだけに、一層、気になる。
「歴代中最も親しみやすい顔」
 の「歴代中」のあとに「、」
「欧米化はもとより承知の上であるけれど」
 の「欧米化は」のあとにも「、」を書き加えた鉛筆の字は濃いので、
第二の犯人かなあ。
 なんにせよ、作家の文章を添削できるほどの能力は、自分自身の文章
を世に問うことで開花させなさい。
 言いたいけれど、誰の仕業やら。
 かような不愉快に遭遇することになったが、この本を読んだのは私に
とって大きな収穫だった。
 長年、密かに疑問だった。
 悪霊が「たたる」という時に遣うおどろおどろしい漢字を、なぜ、男
性の名前に遣うのか。
 タカシ君。
 ところが、文中に出てきた「祟る」という文字に見つめられている気
がして、見返した私は、
「あ?」
 調べたら、 
「タカシ」の漢字は、「崇高」の「すう」でした!