アペリティフ(フランス旅行記)

 ブルターニュ地方は私が初めて住んだ場所で、ムッシューLは、その
時、私の上司だった人。
 今回、彼の家に行くと、
「誰か会いたい人はいるかい?」
 と聞かれた。
 彼も当時の職場を去って久しいので、私の来訪をダシに昔の仕事仲間
と再会しようと閃いてくれたらしい。
 インターネットの『イエローページ』に、彼らの名前と住んでいた町
を打ち込む。
 次々、名前と住所と電話番号が立ち現われる。
 個人情報ばればれじゃん。
 不安になるが、おかげで連絡が取れたから、ま、いいか。
 彼女を招くなら、あの人も招かないとあとが面倒、とか、当時の人間
模様からムッシューLが却下した人達もいて、選ばれたのは七人。その
倍の十四人が招待客となるのは、カップルがすべての行動単位となる社
会の、言わずもがなの常識である。
 土曜の夕方六時半。
 一人目の客、アランが到着した。妻を同伴していない。
 その直前まで外出していて、家に戻って妻を連れてくる時間がなかっ
たと説明したそうだが、誰からも好かれる彼が、なぜにあんなひどすぎ
る妻、という風評を知っているからか、さらに妻の評価が下がる事態を
回避すべく、そういう必然を作為した模様。
 気配りのアランである。
 ということで一人減ったが、それでもそれだけの人数は、
「招いたことがないわ」
 と、前日、ムッシューLの妻イザベルが困惑していた。
アペリティフだし」
 ムッシューLは澄まし顔。
 そうよね。夕食じゃないものね。
 飲み物は種類も豊富。
 あちこちの小テーブルに、柿ピーのようなおつまみ。
 おなかの足しになる物としては、肉屋に注文しておいた『パン・シュ
ープリーズ(驚きのパン)』が二つ。
 直径二十センチほどの円筒形のライ麦パンの中を、これ以上くり抜い
たら皮が破けるというぐらいまで綺麗にくり抜いて容器にし、そこにハ
ムを挟んだ三角形の薄いサンドイッチを隙間なくぎっしり詰めたパーテ
ィ用の食べ物だ。
 これをイザベルかムッシューLが定期的に勧めて回るが、そのうち、
みんな、勧められても断るし、飲み物は、お代わりをした人がいたとし
ても一回ぐらいだったのではないか。
 最後に私がみやげに持って行った煎茶と羊羹を出せたのは一興だった
と思うが、これで全部。
 なんとも慎ましい。
 ま、アペリティフだしね。
 けど、第一陣が引き上げたのは十一時半。
 話が尽きず、居残ったひと組の夫婦が帰ったのは深夜一時半。
 それでもアペリティフなのか。
 ドカ食いドカ飲みとは無縁の、すてきに大人の夜だったなあ。