覚悟

 何か嫌な事が起こった時は、自分がどういう時にどう考える人間かを
知るチャンスになるし、そういうことを積み重ねた結果、自分の発言や
行動に覚悟を持てる域に達したとしよう。
 自分自身にとってのすがすがしさ、である。
 だが、私達は日々他者と接する。
 自分は、自分自身の心と格闘して、経済力とか頭の良さとか美貌とか、
自分が密かに劣等感を抱いているものを満足できる状態で手に入れられ
たら美しく羽根を広げる孔雀になるわけではなく、素のままの自分で自
信を持てるようになればいい、と悟ったとする。
 そうなった自分に、誰かが妙にしつこく絡んでくるかもしれない。
 今思い浮かべているのは、私の天敵、ベンツおじさんだ。
 お金があることが彼の孔雀の羽根。それだけが彼が自慢できること、
と言ってもいいだろう。
 だから、どんな話も必ずいつのまにかお金の話になり、それも自分が
コレコレの金額支払った、という非常にゲスい告白になる。
 そういう自慢は新地か銀座でどうぞ、と言いたいようなことを聞かさ
れるわけだ。
 でも私はホステスではないので、困った顔で沈黙。いや、今は、また
ですかい、と無表情で無視することにしている。
 だって、彼がどれほどお金を持っていても私には関係ないんだもの。
妬んでも、羨ましがっても、どうなるものでもないなら、そういう無駄
な感情は持たないに限る。
 有り余るほどお金を稼げるようになったら、次は文化や芸術や人徳に
目覚める時でしょう、と金の亡者(もうじゃ)のような話にうんざりし
て言ったら、すげなく却下され、私は、私の中で扉を降ろしたのだった
と思う。
 彼がお金の話をすると、私は無視。彼の話は加速する。
 あがめてほしい。尊敬してほしい。
 彼は、人から褒められないと自分に自信がもてないんだろうな。
 でも、一度褒めたら、次にはもっと強く褒めてほしいと求められて際
限がないことがわかっているので、その手に乗らない。
 自分をこの世で一番好きになり、大事にできるのは、自分自身だけ。
私に代わりを求めないで。
 よって私は無言を貫くが、彼に対してこういう私で行くと決めた時、
そのせいで私が困ることになっても仕方ない、と腹を括ったのであった。
 幸い、彼は、そういう私が不愉快でも、それはそれ、と切り分けるこ
とにしたらしい。
 自分自身を大事にしたら、こういう言動を取ることになるが、そのあ
とどうなるかが怖い、という緊張を体験させてくれたのは、誰あろう、
このベンツおじさんなのだった。