生きる意味

『嫌われる勇気』はアルフレッド・アドラーの心理学をわかりやすく解
説した本で、現在、うちの市の図書館は、予約者が二百人以上。読みた
い人が途切れないんだな。嬉しいなあ。
 この本に目新しいことはそうなかった。そこがすごいと思った。
 なぜって、人の心を対象とする心理学は、自分自身が実際に発芽させ
ているかどうかは別にして、普通、こういう時、人はこう考えこういう
行動に出る、という可能性を自分自身の中に感じられたら、その論は正
しいと納得できるからで、アドラーの洞察は実に無理なく理解できたの
だ。もっと早くに発売していてくれたらよかったのに、と思ったぐらい。
 ところで、ほとんど目新しいことがない中にも目新しいことはあって、
それが私には衝撃的だった。
 人生の意味について、アドラーは、一般論として万人に当てはまるも
のはないが、「人生の意味は、あなたが自分自身に与えるものだ」と言
ったという。
 生きる意味。
 私自身は、気づいたら私達はもうこの世に存在していたのだから、生
きる意味を思い悩むのは不毛なだけで時間の無駄、ただ真剣に生きれば
いい、という考えに到達していた。
 けど、そうかあ。人は、自分はこのために生きるのだ、と自分自身に
だけ通用する意味を見出せばいいのか。人生は限りなく自由ってことな
んだな。
 やっぱり専門家は深いなあ。
 ところが、『死んで生き返りました れぽ』の漫画で同じ言葉に出く
わした。
 仕事を断わったら次がないという恐怖から不摂生な生活を極めてトイ
レで倒れた著者が、意識が戻らない期間を経て、奇跡的に回復してゆく
過程で、付き添いで病室に泊まりに来た弟に、自分は先が見えないし自
信もないし社会性もないし、こんな人生に意味があるのかもわからない、
と言ったら、その弟が、
「人生に定められた意味とかはないと思う、けど意味を見出すことはで
きると思う。でもそんなのは待ってても手に入らないよ。ぼくはぼくの
言葉で誰かの人生や考え方を変えられるとは思っていないし、お前の目
がもう少し覚めたとき、この話を覚えているかもわかんないけど、ぼく
は、これからのお前の人生がいいものになればいいなと思うよ。おやす
み」
 と言ったのだ。
 え。生きる意味って、アドラーに学ばなくても、普通の人が普通に正
解をわかっているものだったの。
 自分に必要な言葉。
 書物の中で知るのもいいけど、生身の人間が普通の会話の中でさらっ
と言ってくれたら、それほどの贅沢はない。