脳は、主か従か

 自分が自分という人間の主人だ、と本当に言い切れるのだろうか。
 だって、もし自分の意志だけが百パーセント自分自身を御するのであ
れば、こうした方が自分のためだと思ったことを、でも実行できない、
なんてことが起こるわけがない。
 こういう不可思議が起こる時、私達は「脳」に主導権を明け渡してい
るのではないか。
 脳には、まずは生まれつきの個性というものがある。
 が、生まれ落ちた直後から、私達は五感で感じ取るすべてを、これは
快、不快、得、損、と一つ一つ判断し、それらはデータとして、すべて
脳に蓄積される。やがて、よく似た事象に直面すると、もはや考えずと
も、瞬時に、快、不快の判断ができるようになる。
 脳の省エネが成ったのだ。
 問題は、その定型化した判断を手放し、別の方向に大きく舵を切ろう
とする時だ。そんな気紛れ、裏切りは許せない、とばかりに脳は激しく
抵抗するだろう。
 たとえば、酒、煙草。
 人生で初めて試した時から、おいしい、と思った人はいないはず。け
ど、大人になった気がする、とかいう理屈で懲りずに試しているうちに、
脳が、ああ、おいしい、と会得する日が来る。
 すると、今度は、脳から、その快をもっと与えよ、と要求されること
になる。
 この仕組みは強力なので、どうせなら、勉強が好き、というような方
面で発揮できたら、ラッキーである。
 一方、警察に捕まるような事が嗜癖(しへき)になったら、ことだ。
 なんにせよ、気づいた時には、脳がその事象を快と見なすよう出来あ
がっている。
 私は、緩やかに増えてきた体重を落としたいのに、落とせない状況に
あるが、その理由は明快だ。
 偶然スーッと体重が落ちた時、そこが嬉しい分岐点になるだろうに、
「こんなに痩せたらやばい」
 と、全然そんなことはないのに思ってしまうのだ。
 脳にそう思わされてしまう私。
 で、脳の間違った訴えを真に受けて、翌日には、きっちり元通りに戻
してしまう。
 私は、このまま脳に屈するのか。 
 いや、この件に関しては、まだ理性で脳を説き伏せられるレベルにあ
る、と信じている。
 そんな私の手元に、今、『やせる生活』という本がある。
 図書館に予約していたことも忘れていたが、この手の本を三十五冊も
読んでいるので、さらにもう一冊読む必要はないのでは、とも思ったが、
最後まで一気に読み終えた。
 肥満治療専門医の著者による、痩せない患者の心理分析と、医学的根
拠でそれらを一刀両断してゆく小気味良さが、面白かった。