自分自身を、嫌わない

 よく、
「これが、私の人生を変えた言葉です」
 とか、
「迷った時に心の支えとなってくれる言葉は、これです」
 と言える人がいる。
 座右の銘がある人達。
 そういう人が、私はいつも羨ましかった。
 心に響く言葉には、しょっちゅう出合う。でも、
「この言葉に出合えてよかった」
 と言えるような宝物の言葉が、私には、ない。
 記憶力が悪いせいかもしれない。
 パソコンのデスクトップ上に、正しい場所に正しく保存されるのを待
つファイルが散乱している。その中の一つをクリックしたつもりが、別
のファイルが開いた。
 DaiGoが『しくじり先生』に出演して話した内容を彼自身がまとめて
メール配信したもので、せっかくなので、さらっと読み、「おお」と心
を打たれた。まるで初めて読んだみたいに。
 彼にとって、パフォーマンスは当たり前すぎて、それが自分の本当に
やりたいことではないと思い、もっと他の素晴らしい物を探し求めてパ
フォーマンスを捨ててから、彼の人生はさんざんになったが、
「パフォーマンスをやめて新しいことをしようとするのではなく、パフ
ォーマンスを使ってどんな新しいことができるかを考えるべきだった」
 と気づくに至り、新たな境地が拓け、夢がつかめたそうな。
「自分が当たり前にできることに、あなただけの特別がある」
 二度と忘れないよう、心に刻めたらいいんだけどな。
 あ、けど、じゃあ、自分の当たり前を恥じている時は、どうすればい
い。
 それに対する答えは、直近では、書家の武田双雲が語ってくれた。
 テレビに出演した彼は、こう言った。
 字がうまくなりたくて書道教室に来る人達に、彼はまず、
「どうか自分の字を嫌わないでください」
 と言うのだと。
 お手本を真似して自分の字とまるきり違うものを目指そうとするので
はなく、もし自分の字を悪筆だと卑下していたとしても、それは自分の
個性なのだから、嫌わず、認めて、何度も何度も字を書いているうちに、
きっと、その人らしい味わい深い字が書けるようになる、と。
 自分自身を嫌うな。否定するな。
 自分とまるきり違う者になろうとするな。
 自分という種から、良き方向に芽を伸ばそうとするだけで良い。
 そういうことなんだろうな。
 双雲の言葉は嬉しかった。
 ところで、先日、「美しい字を書くには、崩れた脳内文字をまず直そ
う」という新聞記事を読んだ。
 どうやら、「脳内文字」犯人説はNHKの番組が発端のようだが、そ
うと知っても、私はこれには大いに懐疑的である。