「今」は存在しない

 人は、なぜ、と思うようにできていて、思うと探求したくなる。
 ただ、すべてにおいてそうしていたら、生活が成り立たない。
 今日は大空にかかる雄大な雲、かと思えば、ぽこぽことあちこちに浮か
ぶ雲。毎日見惚れても、そこから気象の世界に足を踏み入れるとは限らな
い。そういうことだ。
 だから、多くの知識欲を専門家の研究結果で満足させてもらう。分業制
である。
 カルロ・ロヴェッリというイタリアの理論物理学者が書いた『時間は存
在しない』を読んだ。
 題名どおり時間が切り口だが、覚醒体験をした人の中で、体験後は生き
づらくなると語って人気がない人が語ることに類似の内容が多くて、驚か
された。
 私達はどこから来て、どこに行く。
 この世界を作ったのは誰なのか。あるいは何なのか。その目的は。
 人は、生まれ変わりを当たり前のように口にする。でも、それが真実な
ら、増える一方のこの世の人口を見て、数が合わないと困惑してこそ普通
だろう。
 哲学者の池田晶子は、見えないからと言ってないわけではない、重要で
ある、けれども、物理学は見えるものしか相手にしない、そこで宇宙のわ
からないものを暗黒物質と名付けて仮説上の物質だと言ったりしてと書い
たが、それでも、理屈で考えて納得する手法を、魂というような話になっ
た時だけ手放すことはできない。理論的に考えるのは私達の在り方になっ
てしまっているから。
 いつかは理屈で納得させてほしい。そう思っていたら、ロヴェッリの本
を読み、いずれそうなると期待できる気がしてきた。
「時間には元来方向がなく、一直線でもない、連続として整列していない」
 と彼は言う。
「過去の痕跡が豊富だから【過去は定まっている】という感覚が生まれ、
未来にそういう痕跡がないので【未来は定まっていない】と感じ、自分達
はこの世界で自由に動ける、過去には働きかけられないが未来は選べると
いう印象を持つ」
「私達は実在するのではなく、互いに結び合った出来事によって構成され
ている」
「私達は物語なのだ」
 私達の真実にかなり切迫してきた感じはしないか。
 実際、彼は、
「物理学は、時間構造がいかに私達の直感と異なるかを示す。しかし、時
間を研究するうちに、自分自身を巡る事柄を発見することになった」
 とも述べている。
 完璧に解き明かされたら人類が幸せになれるかどうかはわからない。
 それでも知りたい思いは止まらない。
 早く、彼の研究のその先を知りたい。