棋士の会話能力

 藤井聡太棋聖
 史上最年少の若さでタイトルを獲得し、将棋界の再興を担う新星となっ
た彼は、着用した絹マスクまで話題にされる。
 肌荒れに困って絹マスクに辿り着いた私は、そのマスクのホームページ
を見た。
 外側のデザインが違うだけで、ほかは私のと同じ。
 が、夏は息が籠もるので、絹糸の織り方が違う別の絹マスクも購入して
いて、今はそちらを使っている。
 藤井棋聖は、一度で普通のマスクに戻した。
 彼のおかげで絹マスクは売り切れに。倒産危機を脱出できた販売元には
僥倖だったようだが、自身の影響力を目の当たりにして、藤井棋聖がそう
いう力は極力封印しようと考えたのだとしたら、尊敬である。
 だが、ニキビなどの対策目的で必要だったとしたら、可哀相。
 自由が制限される。
 才能ある人の宿命。
 新型コロナウイルスで外出自粛要請のさなか、何十巻も無料で読ませて
くれる漫画からユーチューブへと新ジャンルに目覚めていた私を呆気なく
卒業させたのは、やはり藤井棋聖だった。
 インターネットだと、生放送で、対局三十分前から感想戦まで途切れな
く放映してくれる。
 途中で飽きるのではと思ったが、そうならなかった。
 対局室は、対局者の扇子の開け閉めの音が聞こえるほどの静けさ。
 解説、聞き手の人が大盤を使って局面を解説してくれる。
 意味不明。でも、聞いていられる。
 王位戦第二局の途中、現地、北海道の名産品を別室から別の棋士が紹介
した時、理由がわかった。
 名産品の紹介も、普通の人がしたらこういうもんだろう、という普通。
 声が耳にうるさく突き刺さらない。
 テレビやユーチューブではあり得ない。
 NHKの『猫のしっぽ カエルの手』が過去の再編が多くなっても続い
ているのは、テレビには珍しく、そこにゆったり流れる時間が視聴者を魅
了するからではないか。
 将棋の生放送も同じ。
 普通。
 何より、やらせがなく、編集がないのが、いい。
 対局者が長考したり昼休みのあいだ、どうするんだ、と思ったけれど、
場を繋ぐ会話力に長けた解説、聞き手の人。
 男女の場合は、恋人同士のたわいない会話のように聞こえることがある。
 私は、パソコンを立ち上げている時は、音量を下げてつけっぱなす。
「え、そこに打ったんですか」
 驚く解説者の声で、その局面を目撃したいのだ。
 ルールを覚える気はない。
 でも、つけておきたいと思う将棋の放送。 
 卒業はなさそうな気がしている。