ブラジャーができない

 高校生の女の子が、
「体育の時間に走った時、こけて、自分でもびっくりした」
 と言う。
 上半身は前に進むが、足が付いていかなくて、前につんのめり、倒れた
そうな。
「子供の幼稚園の運動会でいいところを見せようとして、ぽてぽてこける
お父さん達とおんなじやん」
 と私。
「中学時代は陸上をしていたのに」
 その子は相当ショックだった模様。
 人気ユーチューバーの兄で、撮影担当時々動画出演、の人が、動画撮影
で小学生とドッジボールしたら突き指をして、でもそれは手術が不可避の
症状だったとわかり、今から手術、という動画をアップしていたが、高校
生で体力が衰え始めるのなら、三十一歳という年齢では驚きはないかも。
 かくいう私は去年の夏だ。
 新型コロナウイルスの第二波が始まり、その情報入手を目的に『羽鳥慎
一モーニングショー』をよく見ていた。天気予報のコーナーでは、気象予
報士が、毎日一つ、簡単なストレッチを紹介する。
 不要な外出は殺人行為になると怯える灼熱の八月。でも、家に逼塞して
ばかりでは体がなまる。
 心を動かされた私は、頭を丸、体と手足を棒線で表わし、動かし方をメ
モしていた。
 が、ある日、テレビを見ながら、両手を左右に大きく広げた。
 右肩を前に出し、右手を前に回転。左肩は後ろに引いて、左手を後ろに
回転。次はその逆。
 二の腕のたるみを自覚していたこともあり、このストレッチに心が惹か
れたのだろう。
 と、腕を捻った途端、右腕がぐきっ。
 上腕の中程に痛みが走った。
 簡単そうに見えても、私には危険なストレッチだったのか。
 その可能性を考えることもなかった慢心が悔やまれる。
 たった三十秒前のことだから、そこまで時を戻すぐらいはたやすいです
よね、神様。
 パンツのファスナーが左腰の位置にあるのを履けなくなった。右手がフ
ァスナーに届かない。
 ブラジャーは、ホック部分を左手で伸ばせるだけ右側の腰の辺りまで引
っ張り、なんとか留める。
 前で留めてから後ろに回せばいいようなものだが、抗ったのは、症状を
軽視したかったからか、私のプライドか。
 秋。ジャケットが羽織れる季節になると、ブラジャーをやめた。
 これは治るのか。
 一番の不安はそれだ。
 手は普通に頭上まで上げられるので、俗に言われる四十肩や五十肩では
ないと思っていたが、その正式名称、肩関節周囲炎の症状に、手を後ろに
回せない、というのもあるとわかったのは一抹の救いだった。