空メール

 先日、友からメールが届いた。
 本文はない。
 書く前に送信ボタンを押してしまったのだろう。
 だが、二通目が来ない。
 書く気も送る気もないのに、誤送信してしまっただけなのか。
 送った側はすぐにそうと気づくものなのか。もし気づいたのなら、ごめん
と書いて送るものなのか。そんなことをしなくても相手はわかってくれると
放置するのか。
 受け取った側はどう対応するのがいいのだろう。
 春、彼女と会った時に、私は挿し木で増やしたカリエンテを渡した。
 ゼラニウムの二系統を掛け合わせて作られた品種で、茎の先からさらに細
い茎が円周状に伸び、そこに一つずつ花が咲く。
 随分前にスーパーマーケットで、小さいビニールポットに植わった濃いピ
ンクと薄いピンクの花を見かけた。それがカリエンテだった。
 花も葉も萎れていて、買い手がつかなければ廃棄処分になりそうだが、私
が育てればちゃんと復活すると思う。
 ただ、一鉢五十円という捨て値でも、絶対に見事に咲かせる気でいる私に
二鉢の世話は荷が重い。
 薄いピンクの将来が気にかかるが、心を鬼にし、濃いピンクの方を買った。
 今、それは、挿し木を繰り返して何代目かに突入している。
 真冬の寒さにも負けず、真夏の暑さでもくたばらない。ただ、強烈な日差
しのあいだは花の色が抜けるのだが。
 いつ遊びに来るのかとフランス人達から聞かれていて、そのうちにと思っ
ているが、その時、私のプランターの花達はどうしたらいい。
 諦めるしかないのか。
 でも、このカリエンテだけは救済したい、と私の声が言う。
 同じ品種を買い直せばいいと言われそうだが、私は、このカリエンテでな
いと嫌。
 そこで、春、この友に会った時に、去年の十月に挿し木し、花芽が付いた
のを渡した。
 いつか私のが駄目になった時には、今託すカリエンテから挿し木をもらい
たいと言うと、笑って了解してくれた。
 すぐに花が咲いたと写真が送られてきた。
 だが、今年の夏は異常に暑かったので、花は大丈夫かと気になっていて、
それを確かめたい。
 でも、彼女のミスに乗じて聞くのは、やめにした。
 そして今度は、私自身が空メールを送るという失態をしでかした。
 メーリングリストだったので、グループ内で共有されるという大きな恥に
なったが、私が気づけたのは、うち一人から反応があったからだ。
 彼は、私がメルアドを変えたいのかと、私の無言の真意を推察してくれた
のだった。