日本は無理

 形から入るのは悪くはない。
 だが、埼玉県で、小学三年以下の子供を自宅などに一人で放置したら虐待、
と定める条例改正案が議会に提出されたのは、悪い例だった。
 きのう、フランス北部アラスの高校で男性教師が刺されて死亡した事件で、
それを説明できると思う。
 事件直後にフランスのテレビ局が校門前で取材した相手は、その高校に通
っている娘の父親だった。娘からメッセージが来て、娘を安心させるべく、
すぐに返事を送った、と彼は語った。そして、職場から駆けつけた。
 二〇二十年に中学の教師が殺害されたが、この時も、学生達が帰宅させら
れることになり、昼間なのに迎えに来たのは父親が多数だった。
 フランスでは当たり前。
 なので、小学生の子供には親が学校や習い事の送り迎えをするのが義務に
なっているが、その義務を担うのは父親、母親、どちらもあり得る。
 ところが、日本では、保育園や幼稚園で子供が熱を出して呼び出されるの
は母親と決まっていて、仕事中の父親に連絡が行くことはまずない。
 もし埼玉県で条例案が可決されたら、明言されなくても、我が子を一人で
放置しない義務を課されるのは母親となるのが暗黙の了解だったはず。
 結婚して子供を産んだら女は家庭。働くとしてもパートかアルバイト。そ
れで初めて成り立つこの条例改正案。
 だが、人手不足で、パートやアルバイトでも、簡単に休みは取れず、女性
は大変なのだ。
 埼玉県では、そんなことも思い至らぬ太平楽な男が、西欧社会の良い所だ
け取り入れようと思い付いたとしか考えられない。
 それでも、あっ、でも、離婚して一人で子育てしている男もいると気づけ
たら、今の日本では無理だと判断できただろうに、同胞に対してすら想像力
が働かないのだから、女性に対しては、家庭運営のために無償で労働力を提
供する存在という以上の眼差しはない。
 彼らが見習いたかった西欧社会では、夕食は家族みんなで食べる、有給休
暇は国から完全消化を求められている。そして、同じ職種なら日本より給料
が高い。しかも、子供を一人で放置しない義務をこなせる。
 いや、だからこそ、と言った方がいいだろう。
 そういう国に倣って、まずは入れ物を真似するのはいい。
 でも、すみやかにその入れ物にふさわしい中身を構築するのでなければ、
世の中を混乱させるだけの愚策になる。
 十万を超える反対署名でそうとわかり、埼玉県は改正案を撤回したのだろ
う。