シクラメンと将棋

 初めてシクラメンを買った時、もう、この花なしにはわびしい冬を生き延
びられないと思った。
 年明けに値下がりした鉢で、花が終わったら、夏越しさせて、翌シーズン
にも花を咲かせるべく奮闘。
 が、無理だったので、その冬には、店にたくさん並んだ時に早々に、一番
好きなのを買った。
 ひと鉢だけでは足りなくて、値下がりしたら買い足すほどシクラメンに入
れあげて。
 ところが、今年は買わなかった。
 家の明るい窓際に置いて楽しむシクラメンは底面供給式だ。
 鉢が二重になっていて、外側の鉢の下の方に穴が開いている。そこから水
を遣るのだが、まだ水が溜まっているかをまず確認せねばならない。
 花がら摘みも、花の様子を見て行なうので、やっぱりちょっと面倒。
 でも、どちらも、いそいそやっていた。
 なのに、ふと億劫に感じたのだ。
 そして将棋。
 現在八冠の藤井聡太の強さが取り沙汰され始めた頃、Abema将棋チャン
ネルで対局を観られると知り、見始めた。
 棋士二人が将棋盤を使って解説してくれるが、私にはちんぷんかんぷん。
 次の手が打たれるまでの座持ちで語られる彼らの雑談が聞きたいわけでも
ない。それが証拠に音を消すことも多々。
 そのライブ配信のサイトは、パソコンで作業中のほかのページの後ろへと
追いやられていくが、時々気になったら手前に呼び戻し、対局者の恰好良い
着物姿のスクリーンショットを取る。おやつや昼食も。
 私は将棋に何を求めているのかと自分で自分に聞きたくなるが、パソコン
上で作業しているあいだの良き気分転換になってくれているのかも。
 それでいいのか。
 そんな心の声が届いたからではないだろうが、突然、Abema将棋チャン
ネルでこれまでのように無料ライブ配信が見られなくなった。
 無料でも見られるが、カメラ位置は固定、画質は落ちた。
 ただ、対局者の溜め息をマイクが拾う静けさで、対局場はこんなに厳かな
雰囲気だったのね。
 将棋盤で現状を確認できたら十分な人には、この方がいいかも。
 でも、私は対象外。
 私は、これを機にそろそろ卒業したら、と言われた気がした。
 シクラメンも将棋も、それなしでは毎日が味気なかったはずなのに。
 それはちょうど新型コロナウイルスの自粛期間に重なる。
 普通に仕事に行き、暮らしていても、気持ちは何か制限されているような
灰色になっていたのか。
 そんな私に優しく伴走してくれたシクラメンと将棋。
 感謝しかない。