言葉と表情

 一度別れて、縒りが戻り、結婚した友。
 結婚生活について聞いたら、
「一つだけ不満がある」
 ダンナが「ありがとう」を言ってくれないことだとか。
 客に頭を下げるのが仕事で、家でまでそういうことをしたくないのか
なあ。でも、子供は女の子なので特に、ありがとうをちゃんと言える子
に育ってほしくて、私はささいなことでも「ありがとう」って言う。ダ
ンナは嫌そうな顔をするけど・・・。
 女の子は特別なの、と聞いたら話が別方向に行きそうなので、「その
程度の不満なら、幸せってことね」と私。
 そして、帰る道々、考えた。心で思っているからいい、という論理が
通用するかについてである。
 で、思い出したのは、もう打ち切りになったが、海外で活躍する日本
人を紹介するテレビ番組の中で、東南アジアのサッカーチームで働く夫
とその妻が取り上げられた日の夕食シーンだ。
 夫は、帰宅して、妻の手料理を口に運ぶと、咄嗟に妻を見た。すかさ
ず、妻が「あ、今、美味しいって言おうとしたでしょ」とにやりとし、
夫がこくんと頷いたのだ。
 愛という見えないものが、この時、二人のあいだに確かに見えた。
 素敵な夫婦だなあ。羨ましいなあ。
 コミュニケーションの基本は言葉なので、言葉が一番重要だと思われ
そうだが、実は、それより大きなウェイトを占めるのが表情であること
は、恥ずかしそうにぼそぼそ「君が好き」と言われるのと、無表情に言
われるのとでは、どちらが心を打つか、考えただけでわかろうと言うも
の。
 とすると、「思っているからいいだろう」という理屈は成り立ちそう
だが、繰り返すことになるけれど、その場合、一つ、確認すべきことが
ある。
 表情は、言葉以上に雄弁ですか。
「ありがとう」「うわっ。美味しい!」の代わりの笑顔。
 それもないとなると、「心の中で思っている」のは嘘だと言われても
仕方あるまい。
 心は、顔に出る。
 表情や仕草に心情が出ると知っているからこそ、私達は、映画や舞台
の俳優の名演技に泣いたり笑ったりするのではないか。
 ちょっと整理してみよう。

 1)言葉があり、表情もある=理想
 2)言葉はないが、表情がある=及第点
 3)言葉があり、表情がないのは、口先だけかも、という疑心暗鬼を
   招く可能性がある=不安定
 4)言葉はなく、表情もない=最低

 友達がダンナに不満を持っていることから、ダンナが2)でなく、
4)であるのは間違いないだろう。
 私としては、友達に味方するしかなさそうだ。