料理本はいらない

 近畿地方で、四日、木枯らし一号が吹いた。
 その後は小休止のような感じで、本格的に寒くなるのは来週からだとか。
 でも、私の味覚はすでに寒い季節に移行した。
 納豆は冷たくて、もう食べる気がしない。
 代わりは豆腐だ。
 駅前の産直市で乾燥わかめを購入したので、朝、南部鉄瓶で沸かした湯
で紅茶とインスタント・コーヒーをいれ、残りは鍋へ。
 鍋の中には乾燥わかめと豆腐とお餅。煮立ったら生卵を落として味噌汁
にする。
 鍋一つで料理が完了。でも、栄養も味も手を抜いていない。
 家庭料理は簡単に作れて美味しいこと、それに尽きる、とますます思う
今日この頃である。
 そうでないと続かない。
 大切なのは、味。
 とは言え、
「また、これ」
 という気分になるのは避けたいから、二週間、違う献立の夕食を出せた
ら上出来ではないか。
 ところがそれでは駄目だという気にさせるのが、意外にも、手料理の美
味しさを世に広めたいという使命に満ちているはずの料理雑誌や本、テレ
ビのような気がする。
 普通に手に入る食材でも、ほら、こんな目新しい料理が作れるんですよ。
 そういうのを見せつけられて、
「え、こんなのも作れるの。え、こんなのも」
 と驚かされ、振り回される。
 でも、私自身は、感心させられるが感心させられて終わり、という方が
多い。
 だからだろうか。気がついた。
 本や雑誌は、そういうレシピを載せないと売れないからなのだ。
 でも、私が本当にほしいのは、よくできた日本の代表的家庭料理の本だ。
 土地によって調味料の比率や食材の違いがあるだろうから、それらを丁
寧に比較し、味覚の観点から説明してくれるような本。
 それがあれば、私は私が求める味の調味料の分量を選べる。
 今の本は、それぞれが独自に調味料の分量を載せているだけなので、違
う本と見比べたら、分量の違いに疑問を抱かされる。結果、中を取って自
己流の分量で味付けして、店のような味にならないのはそのせいかなあ、
と悩むことになったりする。
 プロの料理人向けほどの細かさはいらないが、さりとて、理屈抜きにこ
の分量、と押しつけてこない、知的な納得が詰まった本。
 それが一冊あれば、味付けのコツが体得でき、そうなれば、食材を変え
ての応用は自分で閃くことができるだろう。
 だから基礎。
 その他の料理本は売れなくなりそうだが。
 でも、店に出せるぐらいの味の家庭料理を作っていると思えたら、大き
な自信になると思う。