髪型

 髪とか、もうちょっとなんとかしたら、と職場の人に言われ、
「でも、湯シャンをやめて、美容院で買ったシャンプーとリンスを使ってい
るんですよ」
 と私が応じたのは、癖毛なのでパーマはいらず、髪が傷むことはないけれ
ど、髪の毛が細すぎて少しの風でもふわっと広がるので、ちゃんと手入れし
ていないように見られたのかと思ったからだ。
 シャンプー、リンスを変えても髪はパサつき、湯で洗い流すだけの湯シャ
ンなら必要な脂分は残っていいのでは、と湯シャンに切り換えて久しいが、
先日、美容院で髪を切ってもらった時に髪の毛の根元に皮脂が詰まると良く
ないという話になり、私の髪はと聞くと、まだ大丈夫と言われ、その「まだ」
が気になり、その店で売っているのを試してみることにした。
 三種類あるシャンプーの効果を聞いて迷っていると、松竹梅の竹に当たる
値段のをまず試してみてはと言われ、値段を考えなければどれを勧めるかと
訊ねると一番高いのを言われたので、それにした。リンスも。
 どちらもカット料金より高かったが、使ったら、即、髪のパサつきが収ま
り、なーんだ、シャンプーとリンスの問題だったの。
 なので、髪のことを言われた私はこの顛末を説明。
 すると、私の髪の毛がパサついていると思ったことはないと言われ、髪を
まとめてイヤリングを付けたらいいと思うと言葉が続いた。
 職場に着いてすぐ、鏡も見ず、無造作に後ろ手に髪を上げることがあるが、
その髪型がいいと言われて、素直に喜べるだろうか。
 だが、そう言えば、髪の自重で少しでも広がるのを防ごうと続けてきたロ
ングヘアは乾かすのに時間がかかって面倒で、首の下ぐらいまで切ってから、
私的な事も話す職場の人に意見を乞うと、
「髪の毛を上げるのも好きだったけど」
 と言われたのだったなあ。
 丸顔の私にシニョンが似合うと言う人達がいる。
 そして、イヤリング。
「絶対合うと思う」
 私に強くそう言った人からは実は他のことでも言われていることがあり、
それも聞かぬこれも聞かぬではまずいかと、髪をアップにし、イヤリングを
し、頬紅を差して行ったら、
「うわぁ、可愛い。やっぱり思った通り、素敵よ、菊さん」
 大げさすぎる褒め言葉には要注意。
 そうやって相手を良い気分にさせ、自分の思い通りに操る、というのは有
効な手段だから。
 私は慎ましく微笑んだ。
 ところで頬紅だが、幾つか持っているだけだったのが、再び使う日が来た
のであった。

らしさ

 二十三日に夏の甲子園野球で慶応が仙台育英に勝ち、優勝旗を手にした。
 片や勝ったら百七年ぶり、片や二連覇だと世間が盛り上がると、試合を見
たくなったが、見られたのは帰宅後、試合のハイライト。
 慶応は丸刈りを強要しないチームということなので、慶応が勝ったらいい
なとは思っていた。
 頂点に立ったら、坊主頭と強さは関係ないと証明できる。止まっていた時
計の針を現代に合わせられる。
 丸刈りは、高校野球が始まった第一次世界大戦中は誰もが丸刈りだったか
らで、球児の特別ではなかった。しかし、そういう時代が終わっても強豪校
は坊主頭を続け、ために坊主頭と強さが結びついて考えられるようになり、
伝統と言い表わされるようになった。
 私は、キリスト教の人達が胸の前で十字を切る時、上から下に切ったあと、
横に切るのは左から右か、右から左かに関して、人がするのを観察せねばな
らなかった。
 私自身にそうする必要が来ることはないかもしれなくても、それが定型な
ら、万一の時のために知っておきたかったのだ。
 しかし、これとて、右から左が作法に定まっていた可能性もある。
 ただ、ひとたび、これ、と定まったら、それ以外は異端になる。
 高校球児の丸刈りもそういうことなのだろう。
 でも、丸刈りを高校生らしさと言うのは、伝統と言うのとは違う。
「らしさ」と言わねば球児達を納得させられなくなった時に、この言葉が使
われるようになったのだろう。
「らしさ」という言葉で、自分達が見たい理想を押しつけてくる大人。
 じゃあ、その大人は「大人らしさ」をどう体現しているのか、と思ってい
たら、慶応を応援した人達の度を超した応援の仕方が試合後も議論を巻き起
こし、考える機会を与えてくれた。
 何がいけないのか、と言う大人もいる。
 けれども、フェアプレーだのどうのこうのと理想を高校球児に押しつける
のなら、見に来る大人も観客たる理想を体現して然るべきではないか。
 自分達の振る舞いのせいで相手チームが力を発揮できないようになったと
したら、高校野球という場において大人はフェアな振る舞いだったか、とい
うことだ。
 しかし、ひとの事より自分のことだ。
 私自身が「らしさ」を求められた。
 職場で、髪とか、もうちょっとなんとかしてくれないかと言われたのだ。
 髪をくくってまとめるとか。
 着いた直後、後ろ手に髪をまとめて巻き上げ、髪留めで留めることがあ
るが、それがいいと言われた。
 私は困惑。

日傘

 日傘は、柄を持つために片手が取られる。
 雨傘も同じ。
 でも、雨傘の代わりの雨合羽は嫌だが、日傘代わりの帽子は大歓迎。
 なので日傘は持っているが、使わなくなって久しい。
 捨ててもよさそうなものだが、見上げるとレースの花柄模様が星のように
見えるのがロマンチックで、捨てるなんて無理。
 さて今年、帽子を被っていても首の後ろと腕が炎症を起こすほどに日焼け
し、しかも帽子の中で頭が蒸し風呂状態になり始め、日傘に助けを求めるこ
とになった。
 二段折りで、畳む時は、伸ばしていた心棒を親骨の中に押し込んで短くす
る。
 ところが、ある日、伸びたまま動がなくなり、何度も何度も試して、やっ
と収まってくれたが、寿命が終わる前兆なのではないか。悲しい。
 近くのデパートに行く必要があったので、日傘の売り場に立ち寄った。
 店員が柄の頭の部分をコンコンと叩くと、すんなり縮む。二、三回繰り返
すも、不良はない。
 私はそんな風に小刻みに叩かないので、やり方が間違っていたのか。
 店員からまだ使えると言われて安堵のはずが、私はもし新しいのを買うと
したらと聞いた。
 日陰を作ってくれる範囲が広いから帽子より日傘、ときっぱり心変わりし
た私だが、このレースの日傘の機能はどうなのか。なんせ買ったのは十年以
上も前になる。
 私は、レースのデザインが気に入っていて、同じようなのがあれば迷いな
く買うと言う。
 店員は、今は傘の内側に特殊な生地を貼って遮光性を高めるので、どの日
傘も内側は真っ黒だと語る。その口調が心なしか優しいのは、私の気持ちを
慮ってくれたのか。
「私の日傘だと日傘の役目が果たせないってことなんですね・・・」
「真夏の前や後に使うのはいいと思いますよ」
 来る時、腕にレースの花模様が浮かぶのを、ああ綺麗、と眺めていた。
 花模様ができない箇所には布の縦横の織り目模様が見て取れて、それも素
敵、と見ていた私の、なんたる愚かしさよ。
 今の気候に合う日傘を求めるなら買い換えるしかないし、デザインはもう
二の次三の次。
 それでも、一級遮光生地のシリーズの中で一番心が惹かれるのを選んだ。
 偶然、日傘がセールになった初日であった。
 選んだ日傘の在庫を調べてもらったら最後の一本だということで、現物を
買い、差して帰る。
 なるほど影は真っ黒。
 日差しと熱を遮るので頭に風を感じると言われたのは、蒸し暑すぎてよく
わからない。
 秋になったら確かめよう。

旅は個性

 今朝、初めて、ツクツクボウシが鳴いた。
 光も白い。
 もう秋だ。
 日中は三十五度越えなので信じられそうになくても、光の白さは紛れもな
い。
 立秋は、今年は八月八日だった。
 四柱推命占いも二十四節気に立脚しているので、立秋後に生まれたら八月
生まれでも秋生まれになる。
 現状に合わない古さのままだと思っていたけど、自然の光だけは異常気象
などにも左右されず季節を反映しているから、二十四節気は今も正しい、と
気づいた。
 そして私は夏バテかも。
 たっぷり寝て起きたのに午前中からなんか気怠くて、昼ご飯を食べたら、
テレビを見ているうちに目が閉じ、二十分ほど寝てしまったし、ついさっき
も、目を開けていられなくて、二十分ほど寝た。
 一日に二度というのは我ながらショックで、でも、夏バテということなら
仕方ないと思えるから、夏バテだといいなあ。
 テレビを見ると、人々は夏を満喫している真っ最中だ。
 花火、海水浴、山登り・・・。
 そういう人達の様子を見て、はやりの事や場所は自分も体験したい人なの
か、それとも、したい事が明確にあり、旅行と言えばこれ、これだけでいい、
という人なのか、どっちかなあと思う。
 五月と七月にフランス人が日本に来たが、五月に来た人は、昼は持参した
弁当や買った物を戸外で手早く食べ、それ以外はずっと歩き続けて一つでも
多くの場所を訪れたい人だった。
 七月に来た友は、湯豆腐を筆頭に、幾つか明確に希望があった。
 インターネットの時代とは言え、詳細な現地情報までは入手できないこと
があるし、検索の言葉の入れ方一つで得られる情報が変わってくるので、私
は選択肢が増えるよう最大限の情報を提供した。地図をPDFで取り、そこ
に説明を書き入れた方が理解してもらいやすいと思えばそうする。
 一度作った資料が使い回せたらいいのだが、同じ土地を訪れる場合でも、
人により、見たい場所、したい事がかくも違うのであったか。
 かく言う私も、オフピステを滑れるようになるまでは、海外旅行はヨーロ
ッパアルプスへのスキー旅行のみで、そのうち付き合ってくれる友はいなく
なった。
 現地のスキー学校に入るが、学校と言っても、ゲレンデが広すぎるので、
滑れば技術が上がるという発想のようで、同じレベルの人達を集めたグルー
プが教師に先導され、ひたすらゲレンデを滑りまくる。
 名所旧跡は、ただ来た見たで終わる自分だとわかるので、興味が持てなか
ったのだ。

デザートと言わないで

 アメリカで先月投稿されたTikTok動画が話題になっているという記事を読
んだ。
 外科研修医の女性が帰宅後すぐに台所に立ち、食材を煮込んでいるあいだ
はその横に立ちノートパソコンにて仕事、料理ができあがるまで、がその内
容だ。
『十三時間の勤務を終えて帰宅すると夫が夕食を期待している』というタイ
トルなので、
「夫は料理しないのか」
 という類いのコメントが殺到したのは嬉しかっただろうと思いきや、女性
は、
「確かに夫はソファーに座って待つだけですが、それは私が夫には料理をす
るよりソファーで寛いでほしいから」
 という説明を載せた。
 だったら、タイトルの付け方を間違ったね。
 そんなことより、私にはもっと気になることがあった。
 彼女はなぜ緑のスクラブ(医療ウェア)のままなのか。
 服の公私混同。
 かの国ではそれが普通なのか。
 日本のホテルの部屋に上がり框(がまち)がしつらえられていても、高さ
が中途半端だと、そこで靴を脱ぐというサインを読み取れず、家でも土足と
いう習慣が顔を出してしまうのは、そういう国から来た人だから。
 ただ、医療ウェアに関しては、アメリアの元記事によると、やっぱりそれ
に関する質問が一番多かったらしく、ああ、よかった。
 なんか自分の軸がないみたいだが、人の国のことは自分の感覚のままに判
断する前に一歩立ち止まった方がいいと思っている。
 でも、黙り込まない。
 話す。
 フランスの友達一家が帰国する前夜、一緒に鰻を食べた。
 荷造りがあるし、翌朝のフライトは早く、早く寝なきゃ、と聞いていたが、
食べ終わると、それからが本番みたいに話が尽きない。
 彼らが腰を上げないなら、私は気にしない。
 家に人を招いたら、一人一人と玄関で立ち話をし、それもかなり長い会話
になるので、皆が中に入るまでに時間がかかる。
 Messengerで随分長く話し、
「あ、もう買い物に行かなきゃ」
 と相手が言っても、その相手がまだしばらく話を続ける。
 彼らの「もう」「すぐ」は私の「もう」「すぐ」とは違うのだ。
 と、隣のテーブルで折り紙や紙で遊んでいた子供が、
「デザートは」
 と聞く。
 私はイラッ。
 デザートなしの食事はない、というのもフランスの常識である。
 ゆえに強迫観念のようにデザートと言う彼ら。
 私は日本の食事ではデザートが必須ではない理由を説明。
 素直に納得してくれたので、説明させられることを面倒だと思って苛つい
た自分自身を反省した。

三つ星ホテルより

 七月に来日したフランスの友は、大の日本好き。半年間京都に住んだこと

があり、結婚した夫は彼女に感化されたし、小学生の子供達は日本の素晴ら

しさを聞かされて育ち、一家の日本贔屓は折り紙付き。

 新型コロナウイルスのせいで延期になっていた旅行がようやく実現した彼

女達に会いに行く日、私は朝早く目が覚めたので、さっさと家を出た。私の

移動時間を考慮して会う時間を遅めにしてくれた彼女は、本当ならもっと早

くから一日を始めたそうな口ぶりだったのだ。 

 京都河原町駅からホテルへは地下鉄、徒歩、バスの三つの手段がある。

 朝は道路の渋滞はないだろうからバスでも大丈夫そうだが、そういう不確

かさは嫌なので、地下鉄か徒歩。所要時間はほぼ同じらしく、私の足なら歩

いた方が早いだろう。

 でも、ホテルに着く前に一汗掻くのもなあ。

 地下鉄のつもりでいたけれど、小一時間早く着いたら、まだ蒸し暑くなる

前だし、道を急ぐ通勤客もいない。

 歩くことにした。

 ホテルに着くと、汗が一気に噴き出るということはない。まあ、空調のお

かげはある。

 実際、友の部屋に入り、もわっとした空気に出迎えられると、早足で歩い

てきた余韻が残る私の体には打撃だ。

「空調は入れないの」

 困惑して問う私は、

「エコのため」

 という答えを聞き、何も言えなかったが、夜、帰宅後、メールを書いた。

 大人は自分の志向を貫けばいい。体調が悪くなったなら、その時、学ぶだ

ろう。

 でも、子供は。

 親の方針に従うしかないが、体調不良を自覚できないことも多い。

 熱中症で搬送される患者の急増。

 その発生場所は住居が最多で、エアコンをつけていない場合が圧倒的。

 暑さを実感できなくてエアコンを使いたがらない高齢者が問題になってい

る。

 筋肉量が少ない高齢者と子供は体に水分を体に貯めにくいので、喉が渇く

前に水分補給することが大切。

 毎日のように見聞きする日本の現状を伝える。

 メールを読んで彼女がどう行動するかまでは気にしない。

 ところで、もう一つ驚かされたことがある。

 彼らは部屋の中でも靴を脱がない。

 バリヤフリー設計ゆえ段差は目立たないが、玄関と部屋の境は明瞭だ。

「畳じゃないから」

 彼女の夫が言ったが、絨毯でも土足は駄目だろう。

 しかし、湯豆腐の店では座りづらい畳部屋を所望した彼。

 中途半端な西洋化が齟齬を生むと見た。

 そして私は。

 外国人宿泊客が多い三つ星ホテルより旅館か民宿を選ぼう。

あの日に戻っても

 首の後ろと、肘から先が、痛い。
 五月にフランス人に付き合って朝から晩まで歩いた日々。
 特にそのうちの一日は暑くて日焼けし、首の後ろは服の形がくっきり。
 腕は皮膚が強烈にダメージを受けた。
 化粧品コーナーで肌のキメを測定してくれる装置で測ってもらわなくても
わかるぐらい、キメが大きく流れている。
 しかも、赤くなった肌の所々に色が抜けて白い小さな円状が点在。
 調べたら、色素が白く抜けて斑点になる尋常性白斑という症状のようで、
日焼けを避けるように、そして、日焼けしたら白斑と正常な皮膚との濃淡差
が目立つ、という解説。
 えっ。私の腕は以前から白斑になっていたのかなあ。
 なんにせよ、一度白く色が抜けたら、もう元には戻らないってことなの。
 私は襟付きの服が好きだが、遊びの時には堅苦しい印象になるだろうと、
わざわざカジュアルな丸首のを着ただけなのに。
 帽子は、両手が空くので日傘より優れもの、と思っていたけど、帽子は腕
が日差しを浴びるのは防いでくれないのね。
 もし、あの日に戻れたら。
 戻れるとしても、あの日が終わったあとの後悔や発見は、あの日の前には
なかったもので、そういうのを持ってあの日に戻るのは反則になるとしたら、
結局、同じことを繰り返すだけ。
 人は常にその時点における自分自身の精一杯で生きているのだ。
 ただ、そう頭では理解しても、まだ続く痛みやキメが乱れた腕が視界に入
る現実から目を逸らすことはできない。仙人でもなければ悟るなんて無理な
のだ。
 せめて、ほかの人は私の二の舞にはならないで。
 じゃあ、助言を求められていなくても、説得すればいいのか。
 私のためを思い、転ばぬ先の杖で親が言ってくれているとわかっても、疎
ましくて耳を防いでいた私は、その気持ちを忘れていないので、ほかの人も、
お仕着せがましい善意は鬱陶しいだろうと思い、何も言わない。
 自分で経験するのが一番。
 それで考えが変わるなら、それがその人のタイミング。
 人はみな、その時点での精一杯を生きているのだ。
 しかし、先日、私はその禁を破り、アドバイスした。
 相手がフランス人だったから、というのはあるかも。
 七月に入り、今度は古くからの友人が家族で来日したのだ。
 雨は降らないが蒸し暑い梅雨のさなか。
 ホテルの部屋に行ったら、空気がもやっとぬるい。
 彼女は、
「資源の節約のために空調を切っている」
 とにっこり。
 私は何も言わなかったが、夜、家に帰ってからメールを送った。

今日の幸せ

 文房具売り場で、
「すみません」
 という声が聞こえたので、店員がいるんだと思ったら、
「すみません」
 また可愛い声がして、あ、私に言ってるのかな。
 振り返ると、小学生の女の子。
「今何時か教えてもらえますか」
 返答するまでの一瞬のあいだに、以下のような思考が私の頭の中を駆け巡
った。
 まずは、店内のどこにも時計がないんだ、ということ。
 次に、この子はどうしても時刻を知る必要があり、見知らぬ大人に聞く勇
気を出せたんだ、ということ。
 もちろん、彼女は、私が腕時計をしていることを確認した。
 最後に、この私なら、聞いたらちゃんと答えてくれる、と彼女の勘が彼女
の背を押した。
 こういう一連の彼女の思考経路を、私は一瞬のうちに想像したのである。
 一瞬と言うけど、これだけのことが考えられるのだから、一瞬って、結構
長いんだなあ。
 私は真っ直ぐな目をしたその女の子に腕時計の文字盤を見せ、
「二時三十二分よ」
 と答えた。
「ありがとうごさいます」
 人に訊ねられるより訊ねることの方が多い私だが、相手が小学生というの
は初めてで、すがすがしい気分で食品売り場に降り、買い物。
 レジはどこも閑散としている。そうなると、客のいないレジに突進したい。
 と、ちょうど客がいなくなったレジ打ちの若い女性と目が合った。
 近づく。
 アイスクリーム用のドライアイスを所望し、袋と専用のコインをもらう際、
ボーナスポイントが付く対象商品のポイントは、何を見れば付いたことがわ
かるんですかと訊ねたら、短く明快に教えてくれ、
「わからないことは何でも気軽に聞いてください」
 普通の言葉だ。
 だが、私は、この言葉に込められた最大限の好意を感じ取った。
 この彼女、四月頃に柱で隠れる位置に孤立したレジに立ち、あまりに長時
間客が来なくて不安になったのか、きょろきょろ周りを見まわし、ほかのレ
ジの様子を見ようと柱から身を乗り出そうとする始末。暇だとレジ打ちの人
は皆、嬉しいより不安になるらしいのが、つくづく日本人である。
 この若い彼女は働き始めたばかりの新顔だったので、私は籠を持って近づ
くと、
「客が来ないのはラッキーって思わないのね。忙しい方がいいのね」
 と語りかけたのだった。
 立ち去る時は、
「頑張ってね」
「はい」
 晴れやかな声。
 以来、用がなければ目と目で笑い合うだけだが、互いに特別の親しさを感
じ合えている気がしている。
 彼女のレジに並べる時は、楽しい。

まずは拒否反応

 買い溜めしてあった最後の電車の回数カードが終わったら、回数カードは
もう販売終了なので、代替の交通系ICカードでポイント付与を目指すか、
そういうのは求めずICカードを使うか。
 というのは、ポイント付与のためには、名前と生年月日、電話番号を登録
しなければならない。
 無記名式は、見た目だけになる。
 万一カードを落としたら、拾った誰かは、持ち主がわからないから、自分
で使うだろう。そして、ひょんなことでカードに紐付いた私の個人情報を知
ることになったら。
 だって、暗証番号は、あっさり解読される番号が割り当てられるのだ。
 この程度の個人情報なら、漏れても、悪用される心配はないのだろうか。
 リスクはあっても、ポイントがほしいか。
 一ヶ月間に同一区間を十一回以上利用すれば付くが、十一回に満たない場
合はポイントは付かないし、付いても、その割引率は回数券の時より劣る。
 百貨店で久しぶりに会った店員と立ち話をした際、この話をしたら、彼女
は必要な時に現金を入れ、ポイントは付かないが、それで良しとしているそ
うな。
 それでいいのよね。
 ところが。
 私は代替対応のICカードを券売機に入れた。
 受付カウンターでくれたパンフレットに掲載されているポイント計算例は
数字に弱い私にはすぐには理解できず、そのことも私を利用登録拒否へと向
かわせたのだったが、理解できないままでは嫌だという深層心理が働いたの
か、時折パンフレットを手に取り、眺めていると理解できたし、券売機での
登録方法も慌てずできそうな気がしてきた。
 そうなったら、実際に試してみたい。
 券売機に人がいない時を見計らい、カードを入れたのだ。
 が、すぐに後ろに人が来て、それも背の高い男の人なので、私の頭越しに
入力中の内容を見られるのではないかと困惑。でも、そのまま続行し、登録
を完了させた。
 初め、私は、無駄に個人情報が流出する機会を増やしたくない、ポイント
は付いても微々たるものだから固執しないと思っていたはずが、なんでこう
なった。
 ポイント付与の計算方法をさっと理解できなかったのがいけなかったのか
なあ。変に負けん気に火が付いた。
 今、プリンターで印刷しようとしたら、用紙の縦方向に黒い筋が入る。
 メーカーのホームページを見ると、中の二種類のユニットを出して清掃せ
よ、とある。
 慣れないことができる達成感は、なくていい。
 でも、やるしかない。
 ただいま身体が拒絶中。

蛙化現象に模するなら

 私は全国交通ICカードを三枚持っている。
 PasmoSuicaICOCA
 一枚は母がどこかで拾い、あとの二枚は東京在住のフランス人が帰国する
時くれたのだと思う。
 どれも無記名式だ。
 私自身は定期になっているのを拾ったことがあり、それは届けたので、ち
ゃんと持ち主の元に戻ったはず。
 私がPasmoを使っているのは、単純にカードのデザインが一番好きだった
から。
 この五月に来たフランス人には、来日前に交通ICカードがあると便利だ
と伝えたいと思い、フランス語で紹介したページなどを探したら、Welcome
Suicaなる物の存在を知った。五百円の保証金は不要。二十八日間の有効期
間。なので短期旅行の外国人向け。
 ところが、会ったら、私と同じPasmoを持っている。それが一番手っ取
り早く買えるカードだったらしい。彼女が意図してそれを選んだのではない
とわかっても、同じということで、同じ趣味の相手に出会ったみたいな感覚
になった。
 雨の夜、夕食を食べ終え、帰る時、預けてあった傘を店の人が出してきて
くれたら、どちらも透明のビニール傘で、私のは取っ手に赤いリボンを三重
巻き、彼女のは赤いリボンを一重巻き。彼女がどこでそんなリボンを調達し
たのか不思議だったが、似た発想による似た結果に似たもの同士の匂いを感
じたものだった。
 歩く速度も同じだったし。
 初対面だが、話が尽きることはなかった。
 帰国したらまたMessengerで話しましょうと彼女は書いてきたが、短いメ
ッセージのやりとりのみで、今に至るまで電話の日時の約束という話は出て
いない。
 それでいい。
 と言うのは、
「あなたのおかげで旅が楽しい」
 と言われた時、
「だったら、私達の仲介役となってくれた私の友達に感謝よね」
 と私は答えたけれど、帰国した彼女に、私の友達の方からメールを送った
が梨の礫だと聞かされているからだ。
 仲介してくれた友にひと言礼を伝え、旅の話をちらっとしてもいいだろう
に。
 すると、たいしたことはないと私自身に言い聞かせていた記憶が蘇ってき
た。
 私が立ち止まって誰かと話すのは、彼女が行きたがっている場所への道順
を聞くためなのに、その時間が惜しいみたいな態度をされたこととか、トイ
レの清掃は一時間半前だった、と壁に貼られた表を見て感心したら、もっと
頻繁にするべきだと言われたこととか。
 会っている時は気が合うと思ったけれど。
 蛙化現象に模するなら、これは何現象。

最後の一着

 観光地で写った自分自身の写真に判然としない気持ちになるのは、職場用
のかちっとした服の中でも比較的カジュアル寄りなのを着て行っても、本当
のカジュアルとは雰囲気が違うからだと気付いてしまったら、フランス人に
付き合って京都や奈良を回る時、トレンチコート風の春のコートは持ってい
きたくない。
 急ぎ買いに行ったのは先月五月の半ば。
 まさしく、そういう上着が活躍する季節だ。
 けど、ない。あるのは、もっと先の季節の服。
 必要に迫られてようやく慌てる私と違い、みんな、早くから買って準備す
るのかなあ。
 用意周到だなあ、と驚くより、探すことだ。
 なんとか見つかった。
 短い丈のジャケット。
 近頃、いつでも、どこでも見かけるから、これで正解だな。
 でも、綿百パーセントなので、アイロンがけは必要になりそう。それは面
倒。
 そんなことを思い、決断できない。
 去年六月に長野に行く時買ったフード付きパーカーでいいことにしようか。
厚手の綿なので、着ない時は嵩張るけど。
 と、店員が、
「丈が長くてもいいですか」
 と問う。
「お客様にはその方が似合う気がするんですけど」
 そうだった。
 私の身長だと、コート類はロングの方が似合うのだ。忘れていた。
 裏から出してきてくれたのを着ると、まるで私のための一着のよう。
 手洗い可能なポリエステルは軽いし、小さく折り畳める。
 逡巡の理由になるのは値段だけ。
 いや、淡いベージュ色もそうだった。
 私色だが、トレンチコート風の春のコートと似た色なので、新たに買うと
いうわくわく感が起こらない。
 二色展開のシルバー色の方はかなり前に売れてしまったらしいが、モデル
が着用した写真を見せてもらうと、黄色いファスナーや紐が良いアクセント
になっていて、可愛い。
 調べてもらったら、京都の百貨店に一点だけ残っている。
 その日は木曜で、すぐに発注しても、到着は二日後の土曜。
 私は翌週の月曜日に着たいので、ぎりぎりだが間に合う。
 客がかくも急いでいると伝えてくれたおかげか、土曜の朝、開店前には到
着したらしく、開店直後に電話をもらい、すぐに行き、二色を着比べ、店員
もシルバーの方が爽やかだと言ってくれたので、迷いなくそれを購入。
 残り物には福がある、を地で行った。
 が、考えてみると、売り場から引き上げられる寸前のを買うのは、これで
三度目。
 本当に気に入ったのが売れ残ってくれていたのは有り難いが、心臓に悪い
から、こういうのは、もうやめにしたい。

写真の功罪

 私は基本、襟付きが好きなので、長袖はシャツもブラウスも襟付きだ。
 襟なしは夏だけ。
 だが今年は、五月早々、夏の暑さが到来。
 日本に初めて来るフランス人に付き合うことになっているが、何を着てい
ったらいい。
 悩むということは、手持ちのでは駄目だと私の心が感じているということ
である。
 写真のせい。
 私はカメラが趣味で、とは言え、コンパクトデジカメで十分で、ただし、
パソコンの画面一杯の大きさにしても耐えられる画質は譲れないので、高画
質、高機能で群を抜いているカメラを使用。今は八世代目に入ったらしいが、
私のは初代の一台である。
 風景を撮る。友を撮る。見知らぬ誰かにシャッターを押してもらって、友
と一緒に写る。来たという証拠だ。
 帰宅し、パソコンに保存し、送るべきは友に送ったら、もう見返さないが、
前に行ったのと同じ所にまた行くことになったら、見返す。ここからここま
ではこのぐらい時間がかかった、というようなことをデータから読み取り、
参考にするのだ。
 服装も確認。
 この時に悔やむことが多い。
 どうせ一日だけのこと、手持ちの服で何が悪い、という気持ちでその服を
選んだ記憶はあるのだが、たとえば、春の初めに比叡山に行った時は、寒く
なり、友も私もバッグの中から羽織る物を取り出したが、友はダウンジャケ
ットで服に合ったカジュアル路線、一方私のはトレンチコート仕立てで、そ
れを羽織ると下の服とちぐはぐ。
 そんな発見が、過去の写真を見ると多々ある。
 新型コロナウイルスの自粛生活のあいだにカジュアルが一層幅を利かし、
私の好みを押し通すのは片身が狭くなる道になってしまったが、それでも我
関せずの立場を貫くことはできる。
 けど、私の目は時代の目になっていて、私の服装を批判してくるのだ。
 時代に迎合するしかあるまい。
 そんなわけで、五月に入ってすぐ、袖が抑えめにひらひらした、今年はや
りのTシャツっぽい一着を買った。
 しかし、朝晩はまだ寒い。羽織るものがいる。あのトレンチコート風のは
着たくない。
 写真という自分を客観視させる物がなければ、あるのに、上着がない、な
んて思わなかったはずだろうに。
 いや、写真が、自分の「好き」と「どう見られたいか」を分けて考える必
要を教えてくれたのだとしたら、写真のおかげ、と言うべきではないか。
 そう思い直し、百貨店へ。
 買う気満満。
 が、食指が動くのがない。
 どうしたらいい。

行けたら、行く


 フランス人と苔寺に行った日、まず近くの寺に立ち寄った。
 砂利道の先に寺の門。
 その道の入り口で女性三人が写真を撮り合っている。
「撮ってあげましょうか」
「え、あ、そうですか!」
 私は、彼女達の全身が入る構図でボタンを数回押した。
 仲良し三人組らしく、笑いが絶えない。
 スマホを返すと、今度は私とフランス人を撮ってくれると言う。
 私のカメラを受け取り、構えた人が、
「ズームにするのはどこかなあ・・・」
 独り言のような問うような呟きを口にする。
 私は、
「あ、パソコンでトリミングすればいいので、そのままでいいです」
 すると、見ていた二人が、
「ほうらね、カメラだから。余計なことはしなくていいのよぉ」
 女学生のように華やいだ声で言う。
 その後、彼女達が先に門に向かい始めたが、その後ろ姿を見て、駆け寄り、
歩いている後ろ姿も撮ってあげましょうかと申し出た。
 喜ぶ三人。
 が、そのまま中に入るのかと思ったら、門までで引き返してくる。
 彼女達も苔寺に行くそうだが、予約の時間が私達より三十分早いので、も
う向かわなくてはならないらしい。
「どこから来られたんですか」 
 三人とも全国ばらばらの地点から集結したことがわかった。
 ならば、なおのこと、三人一緒の写真を撮ってあげてよかった。
 ただ、私のカメラで写してもらう時に言われた言葉は気になっていた。
 カメラのズーム撮影の仕方を問われたということは、スマホにもその機能
があり、本当は私にそれを使ってほしかったのではないか、ということだ。
 私は、スマホの写真の人物像が小さくても、二本の指を広げるようにして
拡大して見てくれるだろうと思っていた。
 だが、限度を超えて拡大すると画質が荒れるだけになるので、そう懸念さ
れる時は倍率を上げて撮影するべきなのかも。
 スマホを持たない私に生じた気配りの穴。以後、気をつけよう。
 でも、この人の言葉をそんな風に裏読みするのは行きすぎだっただろうか。
 言葉を素直に受け止める、とはどういうことか。
「行けたら行く」
 行けたら、と条件を述べているのだから、行けないのが大前提。でも、行
ける条件が揃った場合は行きます。
 これ以上明快な意思表示はないと思っていたら、関東では十中八九行くつ
もりの時にこう使うのだとか。
 えっ。
 じゃあ、「行けたら」はどういう意味。
「ちょっと待って」の「ちょっと」と同じく言葉が無力化したのだと納得し
ようとするけれど、やっぱり解せない。私、関西人。

英語のガイド

 フランス人と東大寺春日大社を訪れ、夕方、猿沢池の辻で客引きしてい
る人力車のお兄さんがいたので、
「乗らなくて申し訳ないんですが」
 と断ってから、ただで見学できる古い町家を知っているか、訊ねた。
 フランス人にそこへ行きたいと言われても、スマホを持たない私は検索す
る術がないが、たぶん奈良町だろうと思ったのだ。
「あそこのことかも」
 行き方を教えてくれた。
 かなり歩いて着いたら、休館日。
 道を戻ると、同じような町家風の店がある。
 金平糖が売られているので、ここで作っているのかと聞いてから、町家が
休みで見学できなかったと話したら、もう一軒の方は水曜日が休みのはず、
と行き方を教えてくれる。
 私が、
「朝いきなりただで見られる町家に行きたいと言われても、わかるわけない
ですよね」
 と愚痴ると、そりゃそうだと三人の店員が三人とも笑ってくれて、私は心
が軽くなる。フランス語には訳さない。
 さて、二軒目に到着。
 私は、靴を脱ぐのが面倒で、うなぎの寝床風の通路の奥で花を生けている
女性係員に話しかけた。
「こんな所があるなんて知りませんでした」
 すると、なぜか好感を持ってもらえたようで、話し相手になってくれるし、
ほどなく、こんなことを打ち明けてくれた。
 以前、英語のガイドが客を連れて来た時に説明してあげようとしたら、
「あ、わかっています」
 と冷たく拒否されたそうな。
 で、引っ込んでいたら、近づいてきて、
「これはなんですか」
 と聞かれ、
「あんた、さっき、聞かんでもわかってるって言ったんちがうん。何がわか
ってたんって思いましたワ」
 これに懲りて、説明はここを読んでください、という日本語と英語の案内
パネルを、
「ほら、設置したんです」
 そして言う。
「知ったかぶりして、偉そうな口利いて、結局、自分で自分の首を絞めて。
ねえ」
 ほんとですよね。
 そして、私が気に入ってもらえたのは、この場所を知らなかったと正直に
言ったからだとわかった。
 自分が壁を築いたら、相手も壁を築く。あとで助けてほしくなっても、助
けてもらえない。自分で自分の首を絞めるとはそういうこと。
 でも、パネルを設置するに至ったということは、日本人に用はないという
態度のガイドが一人や二人ではなかったということなのだろう。
 言葉一つ、態度一つ、なのにな。
 私にとっては目の前の誰もが私の潜在的情報源になってくれる存在であり、
常に積極的に活用させてもらっている。

ものは言いよう

 フランス人と奈良に行った。
 彼女は自然の中を歩くのが好きらしいので、東大寺春日大社を訪れたあ
と、春日山原生林を歩くつもり。
 薄雲がかかっているが、暑い。
 何か情報が得られるかもと立ち寄った観光案内で、若草山に登るのですら
熱中症が心配だと言われる。
 観光案内を出てすぐ、彼女が言った。
「ただで入れる日本の古い家が二軒ある」
 でも、
「書いたメモを持ってくるのを忘れた」
 それでは私にはわからない。
「さっき、観光案内で聞けばよかった」
 本当にそう。
 が、
「でも、あなたは奈良のことをよく知っているって言ってたでしょ」
 彼女は私の友達ではない。友達の友達でもない。
 私のフランスの友が私のことを話すのを聞いた相手が、この彼女に、私を
紹介してもらったらと進言したことで繋がっただけの関係である。彼女は、
出国前に私から日本人としての意見を二、三聞けたら十分だったのだろう。
 だが、意外に役に立つと思われたのか、当初の予定以上の日数、彼女に付
き合うことになった。その日なら付き合えるという日を望まれたら、天がわ
ざわざその日を選んだのだと理解する私なのだ。
 ただ、資料作りは増える。
 日本語が喋れない彼女のために、列車の構内図に、あなたの列車はここに
着くので、そこからこのホームのこの場所まで移動して私を待っていて、と
待ち合わせ場所を詳細に記したpdf書類を作るからだ。彼女が乗るといい
列車の出発時刻も数例載せる。
 面倒臭い。時間がかかる。
 でも、万一会えなかった時にあたふたさせられるのは私だと思えば、事前
準備に時間を取られる方がまし。自己防衛だ。
 温泉、と言われれば、日帰りのスケジュールを作って送り、それでも行き
たいかを彼女に考えてもらう。
 こういう私の過剰な奉仕精神が、彼女を甘やかすことになったのかも。
 彼女は、奈良を何度も訪れている私が古民家の存在を知らないのが悪い、
という態度に出た。
 日本人は本当はそう思っていなくても相手に同調するのかと聞かれたこと
を思い出した。
 私達は穏便な方法で意を通そうとするだけだと説明したが、自身のミスを
棚上げして私を責めた彼女に私が意見しなかったので、彼女は自分の正しさ
が通ったと思っただろうか。
「私達はそこに行かねば」
 彼女が言った。
 ものは言いよう、言葉一つ、なんだけどなあ。
「私は行かなくていいから」
 心の中で私は思った。
 もちろん、日本人同士でもトラブルは起きる。