長野旅行

 今、長野の善光寺は七年に一度の御開帳の期間中。新型コロナウイルス

影響で一年延びて八年目だが。

 偶然テレビで回向柱(えこうばしら)の建立式までを追った番組を見て、

長野の友にメールしたら、

「見に来たら」

 と誘われた。

 友は家族で住んでいるが、空き家になっている親戚の家が近くにあり、私

はそこに友と二人で寝泊まりさせてもらう。

 着いた翌日、善光寺に行くためにダンナさんが朝五時半に迎えに来てくれ

るという。

 真っ暗な中を歩くお戒壇巡りは前回体験したからいい、と私が言わなけれ

ば、四時半出発の予定だった。

 狂気の沙汰。

 が、六時に着いたら、回向柱の前にはもう行列。

 御開帳が終わると僧侶が次々ベンツを買う、と友が噂を口にしたが、さも

ありなん、と納得させられる人、人、人。

 私は、お戒壇巡りは不要だが、

「あの真っ暗な中、掃除はどうするのかなあ」

 と素朴な疑問を口にし、ダンナさんが、

「灯りがある」

 と説明してくれて、

「な~んだ」

 戸隠神社も、奥社の社務所に勤める人は毎日あの参道を往復するのか、と

感歎したら、

「車でのぼる」

「え~っ」

 いろいろ裏はあるものである。

 今回の私の目当ては、友に会うこと、戸隠神社、最後が善光寺

 戸隠神社は、前回、友が体力がないというので奥社まで行かなかったが、

今回は私が一人で行ってくるから待っていて、と言ったら、ダンナさんも行

きたい人だったようで、友が駐車場で待ってくれることに。

 雨上がりの霧に包まれた木立に神秘さがいや増す。しかも八時半に着いた

ので人影はまばら。奥社に参拝客はなく、背後に誰も写り込まない写真を撮

ってもらえた。

 その後、神社からほど遠くない所にある手打ち蕎麦の名店に、開店十分後

の十時四十分に入店。待たずに座れた。

 手打ち蕎麦の名店に行くとなったら開店前か直後を狙うのが県民の標準的

発想だとは知らなんだ。

 待つのはストレス。

 その回避術を県民食の蕎麦屋に行く時に発揮するのが興味深い。しかし、

それゆえ、蕎麦を食べるのは昼には早すぎる時刻になる。

 翌日は、快晴の中、再びダンナさんの運転で志賀高原へ。

 三泊四日の旅のあいだに温泉に二度、蕎麦屋に二度連れて行ってもらった。

 でも、比較して論評できるだけの能力は開花せず、私はただ赤児のように

彼らが連れて行ってくれる場所を楽しんだだけ。道路の抜け道の知識などを

駆使して限りなく混雑を回避してくれても、それもまた当然と受けとめて。

 帰宅したら、湿度の高い空気が待っていた。

白黒映画

 テレビで古い映画を観るが、見始めた頃は、白黒映画だとわかると、消し
た。
 が、ある時、消さずに観てみたら、映画のストーリーに心惹かれて最後ま
で観てしまい、以来、白黒でも平気。それどころか、黒と白だけで表現する
ための工夫にも目がいくようになった。
 こんな私だからだろう。
「白黒映画を観ると気分が悪くなる」
 と言った学生がいて驚かされた、とどこかの大学教授だったかが書いてい
るのを読んでも、むしろ、その学生に共感できた。
 馴染みがないと、白黒映画というだけで、陰気くさい。
 日本人なのに崩し文字を習わなくなって久しい私達は、展覧会で国宝の源
氏物語絵巻を見ても、そこに書かれた日本語を読めない。
 一部、興味のある人だけが専門家なればいい。
 そうなのか。
 それでは日本文化の継承が途絶える、と危機感を覚えた人はいるようで、
崩し字をAIで解読する認識アプリが出てきて、垣根がぐんと低くなった。
 興味を持てば、道は開かれる。
「白黒映画は吐き気がする」と言った若者も、いつの日か、白黒映画を観る
必要に迫られ、そのままのめり込むかもしれない。
 今の意見が後生続くとは限らないのだ。
 でも、日本の白黒映画は、私は、たぶん、ずっと嫌い。
 戦争物が多いからというだけでない。
 私ですら知っている、
「欲しがりません、勝つまでは」
 の標語が人口に膾炙していた戦時中を描くとしても、この標語を諧謔仕立
てで楽しく揶揄するような痛快な映画はないからだ。
 全編、主人公以下、皆、生真面目で、体も心も直立不動、という印象。
 これが欧米の映画なら、上司も部下も人間味があるし、主題歌は「僕が帰
るまで浮気せず待っていてくれ」というような歌詞だったりして、戦地の兵
士は普通はそう思うだろうなあ、と思わせてくれる。メロディも明るい。
 映画は虚構。
 現実に背を向け、夢を描いたらこうなったのかもしれないが、ならば、日
本の映画は、非現実的な夢を描いても、硬直した倫理観を押しつけてくるだ
けなのか。
 そこにげんなりさせられ、映像が白黒だと、色のない陰気さに、さらに拒
絶感が掻き立てられることになる。
 この場合、今の技術でカラー化しても、拒絶感は消えない。
 要は、内容。
 ところで、私は、海外の映画やドラマをいきなり観たら、人の名前や関係
性が理解できなくて話についていけないので、事前にあらすじを読む。
 が、詳細に書いてくれていると散漫だし、短いとよくわからない。
 あらすじの名文に未だ出会えたことがない。

鈍くさい

 今日中に図書館に本を一冊返す必要があった。手渡しで。別の市から融通
してもらった本はそういうルールなのだ。
 しかし、最優先の用事があり、朝十時の開館と同時に返しに行ってからで
は間に合わない。
 用事を済ませ、一旦帰宅してから、図書館に行った。
 本を返し、予約の本を借りて帰るつもり。
 貸し出しカードがない。
 朝、荷物が多くて、貴重品は別のバッグに入れることにしたが、このバッ
グ、小さすぎて長財布が入らない。三つ折り財布に必要最低限のカードを入
れた。図書館の貸し出しカードも入れたのは、一旦家に帰ってトートバッグ
を置き、返す本を持って、すぐに家を出る場合を想定したのだ。
 実際には、帰宅後、長財布にカード類を戻した。その時、一箇所、カード
が入っていない場所があり、変だと思ったが、突き詰めて考えなかった。
 その迂闊さが、図書館で本を借りられないという現実となって表われた。
貸し出しカードは三つ折り財布に入ったままだったのだ。
 取りに戻る気力はない。諦めた。
 気力はなくても取りに戻ったことはある。病院から薬局にファックスで処
方箋を送ってもらった時だ。
 やはり一旦家に帰り、不要な荷物を置いて家を出たが、不要と見なした荷
物の中のファイルに処方箋を入れていた。
 途中まで歩いて気がつき、戻った。
 ところが、薬局の窓口で処方箋を出そうとして、
「あっ」
 持って出たのは保険証など病院関連の物を入れたポーチで、処方箋を挟ん
だファイルではなかった。
 処方箋は発行日から四日以内は有効ゆえ、翌日来れば済むことだが、妙に
意固地になり、もう一度家に取りに戻って、今度こそ、「三度目の正直」。
 叔母もこの手の失態をしたと電話でぼやいた時、私のこの体験を聞けば、
そんなのたいしたことがないと思えるだろう、と話したら、
「菊さんは若いから三回も往復できるんや」
 変化球の反応が返ってきて、私は何も言えない。
 腕時計の電池が切れた時は、行ったこと自体が無駄だった。
 店員が預かり伝票に腕時計の裏の刻印を書き始めてから、
「あっ」
 書く手を止めた。
 竜頭が時刻合わせをするために引いた状態になっている。そのせいで時計
が止まったのではないか。
 手に取り、押し込んでくれたら、普通に動いた。
「私は何もしていないのに」
 言いたいけれど、私しか使わない腕時計だ。気づかず何かに竜頭を引っ
かけたのだとしても、その行為の主は私。
 めげるなあ。
 みんな、大なり小なり、こういう経験はあるのかなあ。
 頻度は。

信じるから、真実に

 私は歴史が苦手。
 日本史は最悪。
 でも、テレビの大河ドラマなどを見れば、楽しく学べそう。
 見ないけど。
 それに、この考えは間違っていそうだと、今のウクライナ戦争を見て、気
づかされた。
 ドラマは、皆が知る史実から大きく逸脱しない範囲で、存在しなかった人
物を登場させたりする。歴史小説も然り。
 しかし、この「史実」はそもそも正しいのか。
 歴史家とは、当時の誰かが書いた日記しか材料がなかったら、それだけを
鵜呑みにしない人達らしい。誰にも見せない日記であっても、人は自分のこ
とはよく書こうとするものだから。
 けど、そうやって確定された歴史的事実がつまらなかったら、大衆は信じ
たい話を本当だったと信じ込むのではないか。そして、それが真実として広
まる。
 一休さんと聞いて、
「このはし渡るべからず」
 に代表されるとんち話を思い浮かべる人は、アニメで一休さんを見た人達
が多いかもしれない。
「橋の端っこを歩いちゃ駄目なのか。じゃあ、真ん中を歩こう」
 だが、彼は、
「死にはせぬ 
 どこにも行かぬ 
 此処に居る
 たづねはするな
 ものは云わぬぞ」
 という言葉を遺すほど、高い悟りの境地に達していた。
 同時に酒や女に溺れ、禅僧にあるまじき俗物でもあった。
 それを、アニメの情報だけを頼りに、一休さんとは機転が利く小坊主だっ
たと思い込んだ人がいたとしても、愚かだと断罪することができるだろうか。
 その人は、それを真実だと信じたのだ。
 ウクライナの報道を伝えるテレビで、町が爆撃を受け、着の身着のまま避
難した老人の言葉に被せる日本語のナレーションが、本人の声よりも哀れで
老いた口調であることの違和感。
 そもそも、この手の現地報道を伝えるナレーションがおどろおどろしい。
 視聴者の心を連れて行きたい方向が感じ取れる。
 変だ、と思わなければ、たやすく流されるだろう。
 そうであるなら、ロシアがウクライナの領土を奪う正当性を主張するのを
聞いて、外側にいる私達が何を思うとしても、内側にいる人達がどう思うか
に関して、安易に批難できないことになる。
 人が思うことは、批難できない。
 が、その思いが自分への蛮行となって表われた時は、受けて立つ権利が発
生する。
 ちなみに、上記の一休さんの言葉。
 浅く捉えると、自分が死んでも、いつでもあなたのそばにいる、というこ
とになるが、人に生死はないという悟りに到達した精神が読んだ句なので、
生死はなく、自他の分離もない、ということを語っているらしい。

大難を小難に

 自分の口座に誤って振り込まれた金を別の口座に移しただけで「電子計算
機使用詐欺罪」が適用されると初めて知った。
 山口県阿武町の四千六百三十万円誤送金の話題のおかげだ。
 もっとも、この刑法を知らなくても、大半の人はすんなり全額返すだろう。
 私は、パリにいた時、シャンゼリゼ通りで、見知らぬ東洋人の新婚カップ
ルにルイ・ヴィトンでこのバッグを買ってきてほしいと、カタログと何十万
円という現金を渡された。自分達のパスポートで買える枠は使い切ったらし
い。
 彼らは店まで付いてこない。
 シャンゼリゼ通りを渡り切った私の脳裏に、このまま逃げ去る、という考
えが浮かんだ。
 だが、何かうまくいかないことが起こるたびに、私はこの時の行ないに原
因を見出すだろう。割が合わない。
 私を押しとどめたのは、「ひとの金」という考えではない。
 今回、「自分のお金じゃないのに」とテレビで多くの人が口にしたが、そ
れが歯止めにならない人もいるという想像力がない。自分の正義が通じない
相手もいるのだ。
 誤送金された人物は、役場の人に「百万円ぐらいもらえたらなあ」と言っ
たらしい。私は、ここに穏便に解決する糸口があったと見る。
 だいたい、勝手に大金を振り込まれ、銀行に返金手続きに行かされる面倒
を強いられるのだから、金銭的慰藉はあって当然。私は五、六万円ぐらいを
思ったのだが。
 公金からの支出が不可能なら、町長が、自分の小遣いではこれが精一杯な
のです、と泣き落とす。そして、「これを拒んで変なことをしたら、君は人
生を棒に振ることになる」とやんわり脅す。
 そうすれば、誤送金される前の口座残高が六百六十五円だったこの人物も、
手打ちに応じたのではないか。
 なのに、ただもう全額返せの正論。
 役場のミスなのに「自分が責められている」気がしてきて、説得のために
母親を狩り出してこられるに及んで、臍を曲げた、完全に。そういうことは
ないだろうか。
 北九州で、この数年間に煙草の吸い殻を千八百本近く道路の同じ場所に捨
て続けてきた男がついにつかまると、
「吸い殻を毎日掃除する人がいても、平気で自分が捨て続けたら、掃除する
人は悔しいはず。そう想像すると開放感が得られた」
 というようなことを供述したという。
 人の心は、たやすく、ねじ曲がる。
 そうさせないように導く。
 大人の度量。
 ところが、テレビはテレビで、小学校の卒業アルバムにこの人物が書いた
言葉を何度も報道して追い詰めるし。
 真の大人は、どこにいる。

笑顔の裏の悲しみ

 新型コロナウイルスの発生以来、外出を控えているが、先日、同僚とラン
チした。
 仕事帰りは時間がないので、日を改めてのランチである。
 緑濃い木々を眺めつつ、のんびり時間が過ぎる。
 仕事の話は切りがないし、愚痴や不満ばかりになるので、少しだけ。
 私は個人的には、身近な話も避ける。
 相手へのほどよい興味で止まればいいが、行きすぎて詮索になることもあ
り、その境目の判断が難しいからだ。
 こんな私に、相手が、不意に、人生や家族を早口で語ってくれることがあ
る。少しであっても中身は凝縮されていて、私は驚かされ、そういう打ち明
け話で十分満足させてもらえるのであった。
 と、同僚が、
「菊さんは、いつも明るい」
 と言い出した。
 私は一瞬考え込み、
「傍目にもわかるほどになったら、かなり深刻な状況なんじゃないかなあ」
 と応じた。
 私とて、悩みがないわけではない。
 だが、それを今、彼女に告白する気はないから、こう言って煙に巻くこと
にした、のではない。
 明るい人は、悩みがないから明るいのではない。悩みは、ある。できれば、
誰かに聞いてもらいたい。そこで、この人ならと思った相手に、ちょっと仄
めかしてみると、軽くあしらわれ、あるいは、そんなこと、たいしたことが
ない、というようなことを言われ、ああ、これ以上話しても詮無い、とわか
って、心の扉を閉じる。
 でも、自分だって、誰かの悩みに軽率な反応をすることはあるだろう。こ
れまでに何度もしただろう。
 そう想像できるから、相手を責めない。
 ただひっそりと心を閉じる。
 そして、明るく、ただもう明るく振る舞う。そうやって、自分で自分の心
を引き立てる。
 ほかにどうできる。
 一般論である。
 そんなことを語っていたら、黙って聞いていた同僚の目に涙が浮かんだ。
 目頭を押さえる。
 え。
 私の話のどこが彼女の心に染みたんだろう。
 戸惑いつつ、私は話し続ける。
「どうしたの」
 なんて聞かない。
 聞かなくても、私が彼女の涙に気づいていることを、彼女はわかっている。
 それでも、私も彼女も知らんぷり。
 今週、芸能人の自殺が相次ぎ、テレビで、
「遺される者の気持ちを考えたら、自分なら思いとどまる」
 と、したり顔で語ったコメンテーターとかいう類いの人がいたが、健康な
自分の目線で相手の心を断罪しただけの傲慢さだと気づいていない。
 これが世の普通なのだ。
 だから、人は心が弱っていても、いや、だからこそ、明るく振る舞う。可
能な限りは。
 私達は、ノー天気な話題に戻った。

『笑ゥせぇるすまん』

 用があり、そこを通りかかると、男が背を向けて立っている。
 男の前方に緑が広がっているので、人を待つなら、その方向を見ている方
が自然である。
 男が振り返ったのは、私の足音を、待ち人と間違えたのだろう。
 ほほえましい。
 だが、別の日も、その時刻前後に通りすがると、男が振り返る。
 十分ほど時間をずらして行くが、やっぱり振り返る。
 さらに十分ずらしても。
 約束の時刻よりどれだけ早く来ているんだ。
 なんにせよ、無関係な私を見て、「ああ、また会えた」みたいな表情をし
てほしくない。
 私は、私のせいではないのに時間を気にしなくてはいけなくなり、この世
は誠に理不尽である。
 次に行ったら、ようやく、いなくて、ほっ。
 視線を遠くに向けたら、男は一人で歩いている。
 この瞬間、私は、この男の人生になんと甘い夢物語を想像したのだろう、
と苦々しさが込み上げてきた。
 そして、腹立たしきは、目に焼き付いた男の服装。
 服は本人の好みの凝縮だから、季節が変わっても印象は変わらない。視界
に入ったら、すぐ目をそらしたのに、記憶に刻まれてしまった悔しさは、ま
さしく「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」だ。
 あと、顔。
「蓼食う虫も好き好き」ゆえ、私の好みが唯一絶対の美の価値基準だなんて
思っていないが、「何かに似ている」とずっと思っていた。
 すると先月、四月七日。
 藤子不二雄(A)の逝去を伝えるテレビのニュースで代表作が紹介され、
その中に『笑ゥせぇるすまん』があった。
 主人公、喪黒福造(もぐろふくぞう)を見て、私は、
「あっ」
 長らく喉に引っかかっていた小骨が取れた。
 私が思い出したかったのは、この顔だった。
 でも、私は漫画は数えるほどしか読んでいないし、少なくとも、この漫画
は初めて知った。なのに、いつ、記憶に刻まれたのだろう。
 どっぷり、はまり込んでいなくても、そこはかとなく目にし、耳にする。
それだけでも、その時代の空気に触れたことになり、文化の端っこに辛うじ
て引っかかっているだけでも、結局は、ど真ん中を生きている人達と大差な
いことになるのかもしれない、とウクライナ戦争で国を逃げ出す人達を見て、
思った。
 大人には、文化の記憶がある。
 その根がない子供達は。
 親が家で食事や風習を伝えるんだろうけど、暮らす国の影響力はそれを凌
駕する。
 文化とは、生きている場所から与えられ、身につくものなのだろうな、と
今まで意識していなかった文化について考えさせられたのだった。

備前焼の一輪挿し

 ずっと、一輪挿しの花瓶がほしかった。
 たった一輪。その、そそとした風情を楽しみたいと思ったら、一輪挿し用
の花器でなくてはならない。
 ところが、売っていない。
 なんでも扱っているから「百貨店」のはずでも、扱っていない。
 新聞の折り込みチラシで、口の小さい花器を見て、期待して行ったら、十
センチほどの小さいガラス製だった。野の花を摘んできて挿す趣向らしい。
 背が高いのが出た時は、ドライフラワー用で、水を入れても大丈夫だと言
われたけれど、今日みたいな軽い地震でも倒れそうで、買えなかった。
 こうなったら、Amazonか。
 いろいろ、ある。
 安い。
 でも、ピンとこない。
 そんな折、折り込みチラシに苔玉の写真が載り、行ったら、チラシに載っ
ていなかったが、備前焼のコーナーがある。
 かつて心惹かれたことを思い出した。
 釉薬を使わず、素材の土のどっしりした見た目と質感が、好き。
 一輪挿しの花器が出ていた。
 二点持ってきたうちの、残りの一点だと言われる。
 二つの中から選びたかったなあ。
 そう思うのは、比較できたら、目の前のそれを選ばない、という確信があ
るからか。
 単に「選んで決めた」と思いたいのか。
 でも、それを買おうかな、と心が動いたということは、それが私の所に来
ることになっていた、と考えることもできるのではないか。
 その備前焼の一輪挿しは、底が正方形で、
「面取一輪と言います」
 底も丸い普通の形しか知らない私であるが、拒否感はない。
 なので、それを買うけれど、先に苔玉を見に行きたい。そのために今日は
来たのだ。
「戻ってくるまでに売れていたら、そういうことだったのだと諦めます」
 すると、取り置いてくれるというので、急ぎ、上の階に行くと、藤の苔玉
があったが、これも一点のみ。
 そんなわけで、藤の苔玉も、備前焼の一輪挿しも、残りの一つを、私は買
った。
 いや、それぞれ、「一点物」を手に入れた。
 そして今。
 備前焼の焼きの表情に、正方形の底の辺から立ち上がる隣り合った平面が
織りなす陰影が加わり、眺めるたびに、良い買い物ができた、と私の心は喜
んでいる。
 それにしても、インターネットで探した時、なぜ、この窯元のホームペー
ジに辿り着けなかったのだろう。
備前焼」と入力するという発想がなかったからだ。
 情報は、ある。
 でも、辿り着くには、言葉のセンスが必要。
 そういうことか。
 ただ、センスがないなら、そのうち、向こうからやって来てくれる。
 そういうこともあるから、人生は愉快だ。
 

藤の盆栽

 今、藤の季節。
 フランスでも藤は咲く。
 が、初めて見た時、これは正しい藤ではない、と思った。
 ところが、藤の季節に奈良に行ったら、春日大社の境内に迫る裏山のあち
こちでも藤が咲いていて、フランスと同じく、木から藤の花が垂れ下がって
咲いているだけ。
 それが本来の形だったのか。
 でも、私は藤棚の藤しか知らなくて、それ以外の在り方に強い違和感を持
つようになっていたみたい。
 そんな私だが、ホテルのフロントに置かれた藤の盆栽には感動させられた
のだから、いい加減なものだ。
『萬葉植物園』は春日大社神苑である。
 幾種類もの藤棚の藤に心が躍り、写真を何枚も撮ったが、まだ足りない、
という思いで園を出た。
 その理由がわかった。
 盆栽なら、間近でとくと眺められる。
 日々、変化を観察できる。
 死ぬまでに藤の盆栽がほしい。
 その日から、それが私の願いになった。
 インターネットで買うのは簡単だが、やっぱり実物を見たい。
 だが、そういう場所は近くになく、ゆえに、死ぬまで、などという言葉が
出てくることになったのだった。
 先日、苔玉の植物の販売イベントがあった。
 藤を扱っていなくても、同じ業界だから、良い業者を紹介してくれるかも、
と行ったら、ある。
 一つ。
 一つ持ってきたのが売れて、新たに持ってきたのがそれだと言う。
 いつもは迷いに迷う私が、即、購入を決意。
 なんせ、「死ぬまでには」と思っていたのだ。
 この機会を逃したら、次は一年後だし、その時、こういう巡り会いが私の
運命に用意されているかはわからない。
 だから、買う。
 ただ、大きいので、翌日取りに来ることにして、掌に載るぐらいの五葉松
の盆栽を買い、その日は松だけ持って帰った。
 そして、翌日。
 外出や旅行の時の管理方法、肥料のやり方、植え替える時、など聞いてお
きたいことを書き出して行ったら、全部に答えてもらった時には一時間半ぐ
らい時間が経っていた。
 ほかの人達は、気軽に、ほいっ、と買っていくのに。
 みんな、苔玉の天才なのか。
 切り花より長持ちしてくれたら儲けもの、ぐらいの感覚なのか。
 私は、私の藤をカメラで接写したりする一方、インターネットで生育法を
調べる。
 真夏の蒸し暑さを思うと、鉢に植え替えた方がいいかも。
 じゃあ、土は。
 私の「死ぬまでには」は、満開の藤の盆栽を買えたらもう思い残すことは
ない、ということではない。
 翌年も、その翌年も花を咲かせられてこそ。
 そのためにはいろいろ勉強せねばならず、死んでいる暇はない。

「ある」はずが「ない」

 今年、人生で初めて買った盆栽の桜は、三月二十日に最初の桜が花開き、
二十八日に最初の花が縮れて満開の時期が終わり、四月六日に最後の二輪が
縮れたら、もう蕾はない。
 葉が伸び始めた。
 一方、まさしくこの日、花屋では、売れ残っている盆栽の桜が満開になっ
た。
 開花の時期がずれたのは、店先と家の中で暖かさが違うからだろう。
 実はこの数日前、店のその桜は、蕾がようやく咲きかけてたのに、首を垂
れて、今にも土につきそう。
 水が足りないのではないかと馴染みの店員に言ったら、やはり土が乾きき
っていたようで、慌てて水をたっぷり遣ったら息を吹き返したらしい。その
数日間、店は朝からひっきりなしの客で、切り花の補充もままならないほど
忙しく、ほかの鉢物もみな、干上がっていたらしい。
 とにかく、店のその盆栽は四月六日に満開になった。
 行く度に見ていた私は、蕾の数から、どうせ花が咲いてもしょぼい、と心
密かに憐れんでいたのだが、満開になったら圧巻である。
 それが税込み五百五十円という破格の値段になったのは、咲くまでを楽し
んでもらうという盆栽の醍醐味の期間が終わったからだとか。
「帰りに、誰も買っていなかったら、買います」 
 私は言った。
 三十分後に買い物を終えて戻ったら、
「売れてしまいました」
 私が花屋を離れてすぐに行列ができるほどの客が来て、その中に桜の盆栽
を持った人がいたというのだ。
 なんで支払いを済ませておかなかったのだろう。
 買う、と宣言しただけでは、取り置いてくれない。
 だが、いみじくも私は本音を口にしていた。
「誰も買っていなかったら」
 店員もそうだが、私も、まさか買う人が現われるとは思っていなかった。
 満開の状態で買っても生け花と同じかそれ以上の期間楽しめるからお買い
得だと計算できる人に、私は、買い手が付かなかったら可哀相だから私が引
き取ってあげると考えたことがいかに傲慢だったかを思い知らされたのだ。
 逃した魚は大きい。
 以来、ずっと、ぐずぐず悔やみ続ける私。
 すると、まあ、なんということでしょう!
 葉が伸びるだけだった私の盆栽に、濃いピンクの蕾が二つ。さらに続いて
咲きそうな蕾も認められる。四月十二日のことだ。
 今、そのうち四輪が満開で、まるで、ほら、私だけで十分でしょう、私だ
けを大事にして、と言われている気がする。
 二鉢目も、と欲を出さなくてよかった。
 そうなるよう、天が采配してくれたのか。
 なんて感心してみるけど、本当は、すべて偶然なのだ。

「ない」はずが「ある」

 新聞やテレビで知った書籍は、まずは本屋で実物を見たい。
  でも、ちゃんと題名を覚えていかないものだから、
幻冬舎の〇─〇というような名前の雑誌なんですが」
 と判じ物のようなことを言うことになる。
 〇─〇は、〇にカタカナが入る。
 まったく思い出せないのではなく、こういう中途半端な記憶力なのが、我
ながら歯痒い。
 が、
ゲーテ、みたいな」
 ふと言葉が口をついて出てきたら、それが雑誌の名前だったので、我なが
らびっくり。
 このことからも、人が一度見たり聞いたりしたことは、すべて記憶の貯蔵
庫に保存されていることがわかるのであった。
 先日は「古武術」。
 これは、
「NHKの古武術の・・・」
 で伝わるはずなので、正しく覚える気はなかった。
 本屋でそう言ったら、
「あっ」
 良き反応。
 ところが、別の客のために取り寄せた、と言われる。当然、店頭にはない。
 まあ、放送終了後だからね。
 少し遠くの大きな本屋に行ったら、棚の高い所に表紙を見せる形で一冊陳
列されていたけれど、角のめくれ具合から何人もの客に触られたことが察せ
られるので、別の本屋へ。
「取り寄せましょうか」
 それだったら、家の近くの本屋の方が便利。
 数日後、取り寄せてもらうために舞い戻った。
 雑誌名を伝えると、
「あっ」
 お馴染みの反応のあと、店員がおもむろにレジを回って出てきて、棚に向
かう。
 そして、
「はい」
 と渡される。
 なぜ・・・。
 前はなかったのに、なぜ・・・。
 私はiMacのキーボードにカバーを付けているが、長年使っていると、左
の薬指が当たる辺りがぷくっと膨らんでくる。
 その膨らみが尋常ではなくなった時に行きつけの家電量販店に買いに行っ
たら、パソコンのOSだけでなくキーボードも微妙に進化するらしく、私の
キーボード用のカバーは店頭にない。
 取り寄せてもらった新品が再びぷくぷくし始めたので、入手不能になって
からでは遅い、と別の買い物で行った折りに取り寄せを頼んだら、すぐ裏か
ら出してきてくれ、
「・・・!」
 私がいずれもう一枚買いたがると踏み、リスクを承知で入荷しておいてく
れた模様。
 実際、
「もうありません」
 と言われたし、インターネットでは「販売終了」。
 これらのことを振り返ると、際どい所で私は、天から甘やかしてもらって
いる。
 じゃあ、なぜ、桜の盆栽は駄目だったのだろう。
 行きつけの花屋で売れ残っていた桜が一気に満開になり、五百五十円の大
安売りになった。
「買い物の帰りに買うわ」
 私はそう言ったのに。

趣味の理由

 職場で、私の今年のスケジュール帳の表紙を見て、スヌーピーが好きなの
か、と同僚から聞かれた。
 弾む声。
 単に中の体裁で選んだらこれになった、と答える私は恐縮した声になる。
 アメリカに住む友は、とにかくキティちゃんが好き。
 帰国した際、夫からのプレゼントだと嬉しそうに説明してくれたペンダン
トトップは、キティちゃんだった。スワロフスキーのクリスタル製だが、キ
ティちゃんのころんと丸い頭が付いているだけなので、その、首から上だけ、
という造形に「うっ・・・」となった私は、もしかして前世で人の生首を見
る機会があったりしたのかしらん。
 スヌーピーが好きな同僚には、なぜスヌーピーなのかと聞き、キティちゃ
ん好きの友には、なぜキティちゃんなのかと聞きたい。
 わからないことはわかりたい私。
 でも、聞かなかった。
 趣味や好きな事をはっきり主張する友人知人に、なぜと問い、また、テレ
ビなどでこの手の質問をされて答える人達を見ているうちに、結局、本人自
身にも絶対的な理由はわかっていないのではないか、と思うに至ったからだ。
 どんなに熱弁を振るわれても、その説明に私の「なぜ」は納得させられな
い。
 そもそも私は、なぜ、そんなにも人の趣味趣向の理由を知りたいのだろう。
 てらいなく「これが好き」と言える人が羨ましいからだろう、と気がつい
た。
 自分の好き、がわかっている人はいいなあ。 
 どうして私にはないんだろう。
 それは、人に聞いても、得られるものではない。
 ないのなら、仕方ない。
 私は、そう諦めたのだ。
 広く浅く、その時々で気持ちが動く場所が、私の趣味。
 今時点なら、私は躊躇なく、寝ること、と答えたい。
 今日は土曜日。
 仕事の疲れが出るのか、ちゃんと寝たのに、朝、起きたら、身体がだるい、
頭が働かない。ようやくシャキッとするのは夕方になってから。
 今朝、歯医者の予約があるのを危うく忘れるところだった。
 定期的な歯の検診。
 歯科衛生士から私の歯の状態を説明される際、仰向けの状態で丸い小さな
手鏡を渡され、見たら、目に入るは、歯よりも数ミリ程度の髭のちらほら!
 思わず鼻から毛が出ていないかと焦ってしまったが、マスク生活でも、み
んな、気を抜かずにちゃんとしているのかなあ。
 今、私は、インターネットで、将棋の団体戦、第五回ABEMAトーナメン
トのドラフト会議を見ている。
 書く時は、音楽も邪魔になる私なのに。
 見逃せない、見逃したくない。
 ひょこまわりか将棋崩ししかできないのに。

桜三昧

 ロシアのウクライナ侵攻が始まって一ヶ月と聞くと、
「もう」と愕然とする。
 だが、今日は三月二十六日という事実には、
「え、まだ三月」と思う。
 理由は我が家の桜だ。
 これまで桜は外で愛でる物と思っていたが、三月三日に桜の盆栽を買った。
 馴染みの花屋の店頭に出てからは、行く度見るが、蕾がなかなか膨らまな
い。焦れる。手元に置いたら、見る回数が増え、きっともっと焦れるだろう。
 私は集中したら時間を忘れてのめり込めるが、エンジンがかかるまでに時
間がかかる。お尻に火が点くから集中せざるを得なくなるとも言えるだろう。
 そして、あとは結果を待つばかりということになると、今度はマテシバシ
がなくなる。
 マテシバシの「しばし」の漢字がわからない。あっ、「待て、暫し」。
「しばらく待て」ができないという意味で、「待て暫し」と書いてもいいけ
ど、現代は「待てしばし」と書いた方がいいんだろうな。
 今初めてこの言葉を深く認識できた。ちょっと嬉しい。
 話を元に戻すと、桜の開花という私の力でどうにもできないものをただ待
つしかない状況は私に辛抱強さを学ばせてくれるだろう、と閃いたのだ。
 まあ、ちょっと高いけど買いたいという思いがあって、そんなこじつけを
思い付いたのかもしれないけれど。
 とにかく桜の盆栽を買った。
 三月十一日には生花だ。
 シャッターが降りた店の方が多いショッピングセンターの前に野菜と花の
露天が出ていて、桜の花は今にも咲かんという風情。
 ふらふらと吸い寄せられた私は、今年は桜と縁があるのか。
 三本、五百八十円。
 値段に一瞬ためらったが、
「花が散っても葉っぱが楽しめますし」
 という言葉に背中を押された。
 翌日、行きつけの店に同じ桜が出た。
 一本、四百四十円。
 露天で買って正解だった。
 翌日から咲き始めてくれたが、ちょっと困惑する。
 細い五枚の花びらが星形に広がる啓翁桜。
 造幣局桜の通り抜けで見た数々の桜を思い起こすなら、桜はソメイヨシ
ノだけではないとわかるだろうに、目にするのはほぼソメイヨシノという視
覚の記憶は、「それこそが桜」という思い込みを私に植え付けていたのであ
ったか。
 盆栽の一才桜は、部屋が暖かいからだろう、三月二十日に初めの一輪が咲
くと、閉じていた蕾が二時間後には開いたりして、急に時の流れが早くなっ
た。
 今、時よ止まれ、とばかりに写真を撮りまくっている。
 我が家は、早くも桜の季節、桜三昧。
 だから、えっ、春本番はまだなの、と思ってしまうのだった。

ホスピタリティとおもてなし

 今も世界各地で戦争が起こっているが、ロシアのウクライナ侵攻は、腹に
ズドンとくる衝撃だった。
 ロシアが救世主として隣国ウクライナを救うのだ、というような勝手な大
義名分で侵攻を開始。結果が芳しくないと、理屈は二転三転。それだけでも
突っ込みどころ満載だが、その破綻した論理を誰も突っつかない。正論が通
じる相手ではないし、そういう言葉の応酬の合間にも攻撃は過激になるとわ
かっているからだろう。
 実際、極超音速ミサイルが使用された。
 国盗り物語
 さすがにもう過去の話、と私は心のどこかで思っていたのかも。今の世界
地図は最終形だと。
 だが、呆気なく塗り替えられる可能性に気づかされた。
 今、国境を越えてきたウクライナの人達を、隣国の民が自宅に迎え入れて
いる。
 ああ、これか。
『ああ無情(レ・ミゼラブル)』のジャン・バルジャンは、盗みの前科のた
めに宿泊を拒否されるが、教会の司祭に招き入れられた。
 この場面をどう受けとめていいのかわからなかったが、キリスト教精神で
は当然なのかも、とは推察できた。
 それに、戦争のたびに国境が変わり、難民が生まれる経験してきた遺伝子
は、弱者に手を差し伸べる精神を有するようになったのかもしれない。
 私があなただったかも、という視点だ。
 私は、友に会いにフランスに行くと、どの人からも家に泊まるように言わ
れ、拒否しようものなら、懐柔著しく、無言の圧力をかけられる。
 不思議だった。
 私にあてがわれる部屋は客室ではない。
 その部屋の持ち主は、私がこっそりクローゼットの中や引き出しを覗くか
も、と警戒しないのか。
 盗まなければいいのか。
 だからこそ、ジャン・バルジャンが銀の燭台を盗んだひと幕は、私が想像
する以上の怒りをヨーロッパの読者に与えるのかもしれない。
 相手を選ばず泊めるとそうなる、と冷めたことを思ってしまう私とは、や
っぱり根本的に何かが違うのだろう。
 こんな私は、見られていなくても、やましくないよう、あてがわれた部屋
ではベッドと私自身のスーツケース以外は触らないようにするので、人の家
に泊めてもらうのは意外と気疲れするのだ。
 ホスピタリティの日本語訳は「おもてなし」。
 でも、文化が違うと中身は随分違ってくる気がする。
 ただ、良くも悪くも世界は狭くなり、良きことを自分達の文化に取り入れ
やすい時代になった。
 接客、接待のような外向きの対応に留まらず、家族の一員と見なす「おも
てなし」も、そのうち日本文化に根付くかもしれない。

日本語の未来

 書いて推敲したのに、あとで間違いに気づく。
 前回、「ストレス発症がほかに向かわなければいいんだけど」と書いたが、
正しくは「ストレス発散」。
 喋っていたら間違わなかったかなあ。
 けど、「日本語が駄目になったのは、人が文章を書かなくなったから」と
学者の誰かが新聞に書いていたのは正しい意見だと思う。
 日本語は、テニヲハのおかげで言順が緩くても文章が成り立つ。
 私ハ、お茶ヲ、飲む。
 お茶ヲ、私ハ、飲む。
 しかも、主語が自明なら、省いて、「お茶を飲む」でよい。
 英語はそうはいかないし、「ダレソレの」と所有者を明確にすることに関
しても厳格で、日本語なら「彼は部屋にいる」となるところが、英語では
「彼は、彼の部屋にいる」。
 でも、形の制約が多いと、主観の思い込みを阻止できるので、言い間違い
も誤解も減る。
 そういう英語を学べば、じゃあ、日本語は、と考えることになり、日本語
のためにもよい、と思っていたけど、近頃はテレビですら変な日本語が横行。
 語順の自由と、主語の省略。
 そんな日本語を使いこなせない日本人が増えたのか。
 出発する列車の扉を閉める際、以前は車掌が「扉が閉まります」と言った
が、今は「扉を閉めます」。
「扉が閉まる」は、これで完璧。
 一方、「扉を閉める」は、「誰が」が抜けている。
「閉める」は他動詞だから。
 でも、主語を省いたために非常によく似た文章になった。
 理屈をわかっていないと、言葉をなんとなく理解するだけなので、自分が
使う時もなんとなく使い、間違ったりするが、そうなっても気づかない。
 日本人の会話を聞いて日本語を習得する外国人は、大変だ。
 ってひとごとではない。
 高度な理解を前提に成り立つ日本語の使われ方が崩れたら、そんな言語は
誤解と誤読を誘発するから、言葉そのものを信用できなくなり、未熟な言語
に成り下がる。
 だから、書く。
 それも、思ったまま言葉にしたら終わりではなく、時間を置いて読み直す
ような書き方をする。
 そうすれば、話す時にも言葉への意識が働き、
─こういうこと「が」聞くたびに悲しくなる。
─好きなこと「を」邁進していきたい。
 というような言い間違いは起きなくなるだろう。
 ただ、NHKのアナウンサーは、
─ロシアを孤立化「する」狙いがある
 と原稿を読み上げた。
 事前に下読みした時に間違いに気づいても、指摘しないのか。
 そして・・・。
 長い歴史を持つ将棋だ。
─飛車「を」上がる
 自動詞を他動詞として使っているじゃん。
 うーん。
 うーん・・・。